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ボクシングに魅せられて 樫永真佐夫さん「殴り合いの文化史」

樫永真佐夫さん =福田宏樹撮影

 さあ殴り合いだと相手に対した時の、えも言われぬ快感は、打撃系の格闘技に励んだ人ならなじみ深いだろう。本書にいう「切羽詰まった緊張感や興奮」である。ボクシングに魅せられてジムに通うこと20年余、ついには古代からの「拳闘」の歴史をひもといて分厚い本を書いた。

 こんな一節に、へえと思う人は多いのではないか。「誤解してはいけない。グローブは相手へのダメージを減らすためのものではない。むしろ自身の拳や手首を保護し、かつ素手で殴るより強烈なダメージを、相手に与えるためのものだ」

 普段は穏やかで、気遣いの人とお見受けした。ボクシングにしても、怒りと共に殴るのは相手ではない。「何か解消されないもの、克服したいものが自分のなかにあるんです」

 本業は文化人類学者で、この本も旺盛な探究心には舌を巻く。ドストエフスキーにロラン・バルト、柳田国男から矢吹丈まで動員し、殴り合い――ボクシングという人間の営みを古今の逸話をちりばめてたどる。

 文化人類学の道に進んだ理由が面白い。「フィールドワークで小説のネタを集めるためでした。会社員になる気はなく、ボクサーでは食っていけないだろうし」。谷崎潤一郎や森鴎外、太宰治を好み、大学を出たら小説を書こうと思っていた。

 携帯電話やスマートフォンは持たない。「生活に余裕がなくなる。ぼーっとしているのが一番ぜいたくな時間の過ごし方だと思うんですよ。情報に振り回されたくない」

 本書の原稿はペンで書いた。メモ魔で、ノートにいつも何か書いているという。「スマホは出来ても、紙ほどの素晴らしい発明は出て来ないでしょう。紙の質感は書いた時の記憶もよみがえらせる」。手書きが過ぎて腱鞘(けんしょう)炎になり、ボクシングに支障が出て困っているのだと笑った。(文・写真 福田宏樹)=朝日新聞2019年6月22日掲載