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第161回芥川賞・直木賞を振り返る 小川洋子さん、桐野夏生さんが講評

芥川賞に決まった今村夏子さん(右)と直木賞に決まった大島真寿美さん=江口和貴撮影

芥川賞 分かれた読み高評価/直木賞 虚実の反転がうまい

 候補者6人がすべて女性だった直木賞。芥川賞も選考過程での上位3人が女性だった――芥川賞に今村夏子さんの「むらさきのスカートの女」(小説トリッパー春号)、直木賞は大島真寿美さんの『渦 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 魂(たま)結び』(文芸春秋)が17日選ばれた。選考会を振り返る。

 芥川賞は選考委員の小川洋子さんが経過を語った。最初の投票で今村さんが過半数の票を得たという。強く推す委員がいた高山羽根子さんの「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」、李琴峰(りことみ)さんの「五つ数えれば三日月が」の3作で決選投票を行った。今村さんが票を伸ばし、「文句なしの決定でした」。
 今村さんについて、主人公の「わたし」が固執する「むらさきのスカートの女」は実在するのか、主人公の妄想なのか、委員によって読みが分かれ、「その議論が作品の評価を落とすのではなく、むしろ高める方に向かった」という。

 高山さんと李さんは同じ票数で次点。李さんは台湾出身で、初めての候補入り。台湾出身の主人公が日本人の同性の友人に寄せる思いを漢詩を交えて描いた。「現代の日本でこれほど直球の恋愛を書けるだろうか。切実さがあった」という評価の一方、「2人の関係に焦点を絞った方が良かった」と厳しい意見もあった。
 直木賞は大島さん、朝倉かすみさん『平場の月』、窪美澄さん『トリニティ』の3作で争った。選考委員の桐野夏生さんは「選ぶのに困るほど実力が伯仲していた」と振り返った。
 『渦』の主人公は、江戸時代の浄瑠璃作者。物語にのめり込むあまり実人生の足取りがおぼつかなくなる。「フィクションとリアルの反転がうまく書かれている」
 中年男女の恋愛を描いた朝倉さんの候補作は6月に山本周五郎賞を受賞。その際「貧しいながらもお互いを思い合う雰囲気が良く出ている」と評価されたが、今回は「50代の会話ではない。30代にしか読めない」という声があった。
 窪さんの候補作を高く評価する委員もいたが「社会情勢がストーリーに都合よく使われているのではないか」という指摘があった。
 両賞とも男女比についての議論はなかったという。小川さんは、今村さんや李さんが描く女性同士の関係などをあげ、「文学の中で、女性の魅力の発見がいろいろされている」。桐野さんは「それだけ女性作家の実力が高かったということ」と話した。

次の芥川賞、どこから生まれる?

 「芥川賞は対象となる作品の範囲が明確で、競技性が高い」。前回の受賞会見で上田岳弘さんはこう言った。エンターテインメント作品の単行本ならなんでもありの直木賞と比べて、芥川賞は長さや発表媒体が限られている印象がある。今回の「むらさきのスカートの女」は朝日新聞出版が発行する小説トリッパーに掲載された。同社から初めての芥川賞だ。
 過去の受賞作を見れば、文学界、新潮、群像、すばる、文芸の5大文芸誌が圧倒する。5誌以外は1993年以降、黒田夏子「abさんご」(2013年)の早稲田文学だけだった。小説トリッパーは純文学からエンタメまでジャンルを限らない季刊小説誌。候補になったのも今回で2回目だ。
 日本文学振興会は芥川賞の対象作を「雑誌(同人雑誌を含む)に発表された、新進作家による純文学の中・短編」から選ぶとしている。昭和期は、64年の田辺聖子「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)」を掲載した「航路」など、同人雑誌から受賞作が生まれていた。文芸誌以外の商業誌という変化球もあった。69年の庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」は総合雑誌「中央公論」、77年の池田満寿夫「エーゲ海に捧ぐ」はエンタメ系の小説誌「野性時代」からだ。
 最近では、福岡市の書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)が発行する文学ムック「たべるのがおそい」から、16年に今村夏子「あひる」、17年に宮内悠介「ディレイ・エフェクト」が候補入りした。また新しい場所から、芥川賞が生まれることを期待したい。(中村真理子)=朝日新聞2019年7月24日掲載