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上田岳弘「キュー」書評 人類の未来に広がる無限の孤独

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年08月10日
キュー 著者:上田岳弘 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784103367352
発売⽇: 2019/05/29
サイズ: 20cm/395p

キュー [著]上田岳弘

 インターネットによって人類の脳が繫がった。そしてAI(人工知能)がすべての思考を置き換えていく。この先に何があるのか。本作によればこうだ。我々の個別の肉体すら捨て去られるだろう。
 物語は第二次大戦前後、現代、そして七百年以上先の未来が交錯しながら進む。立花茂樹は満州で、石原莞爾の側近として働きながら、彼の思想を現実化すべく努めている。その内容はこれだ。世界には一つ意志の元に人類を統合しようとする錐国(ギムレッツ)と、あらゆる権威に抗う等国(レヴェラーズ)という二つの原理が働いている。錐国とはこうしたものだ。「参謀殿の言葉を聞きながら、私は人種を超えて蠢(うごめ)く人々を頭に思い描き、まるでこの惑星全体が一つの生物であるような感慨を抱いていた」。だが等国を打ち立てようとした立花は敗れ去る。
 決定的な戦いは未来で起こる。錐国の原理が勝利したのち、人類は統合され、地表を覆うゲル状の物質になった。もはや地球上の生物はこの物質、一人しかいない。それに立ち向かうのが、現代からコールド・スリープでこの時代に到達した青年だ。彼は人類の意志を司る、輝く赤い板に向かい合い、人類の方向を決定的に変え得る言葉を吐く。
 半世紀間の寝たきり生活から蘇った茂樹、孫の徹、そして彼の高校時代の友人である恭子が三つの時代にアクセスしながら、読者とともに二つの原理の戦いを見守る。SF仕立ての設定の中で、次々と謎が明かされていく展開に、読者は飽きる暇もない。
 だが最も重要なのは、耐えがたいほどのさびしさの出現だろう。効率化の果てにたった一人しかいなくなった人類は、無限の孤独に苦しむ。だからこそ、はるか昔の世界から生身の青年を呼び寄せたのだ。
 人は異なり、理解は擦れ違う。だがだからこそ、我々は出会い、愛しあえるのだ。無駄なものの賛歌である本書は、現代社会を正面から撃つ。
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 うえだ・たかひろ 1979年生まれ。作家。「私の恋人」(三島賞)、「ニムロッド」(芥川賞)、『塔と重力』など。