書店にあふれるAI本を見ていて、「そもそもAIって何?」という素朴な疑問が浮かんできた。Artificial Intelligenceの略称だが、人工知能と訳されるそれはいったい何なのか? そんな思いを抱く人も少なくないのではないか。
かくいう私が以前から感じていたのは、AIの話題はキャッチしづらいもどかしさ。ニュースでなにかと話題になっているけれど、情報が漠然としていてなんだかモヤモヤする……。
今回何冊かのAI本を読んでみてわかったのは、AI論は必ず、そもそもAIとは何か?という議論からスタートするということ。そう、まずAIの定義が揺れているのだ。素人がわからなくて当然だった。今回は「AIをちゃんと知るための本」を3冊紹介したい。
AIについてのモヤモヤを、霧が晴れるように解いてくれた1冊がある。『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(新井紀子著、東洋経済新報社)だ。
「AIが神になる?」――なりません。「AIが人類を滅ぼす?」――滅ぼしません。「シンギュラリティが到来する?」――到来しません。AIvs.教科書が読めない子どもたち
前書きから巷のAI本を斬りまくる著者は、じつは東大合格を目指す人工知能「東ロボくん」の開発者。AIの開発者が自ら「AIは東大に入れません」と宣言するというなかなか話題性のある本書は、AI研究を具体的かつわかりやすく紹介しながら、現在と近未来のAIの能力をただしく見定めようとする。いったいAIには何ができて何ができないのか?
鍵となるのは読解力だという。ここでいう読解力とは、「文章の意味内容を理解する」というごく基礎的な能力。そのなかで特にAIの苦手な分野が「同義文判定」や「推論」、「イメージ同定」「具体例同定」なのだそう。たとえば「同義文判定」は複数の例文の表す内容が同じかどうかを判定する力。「義経は平氏を追いつめ、ついに壇ノ浦でほろぼした」と「平氏は義経に追いつめられ、ついに壇ノ浦でほろぼされた」は同じ? 違う? 正解は、同じ。わたしたち人間がAIの知性に勝つためにはこのような読解力が必要だ。まず文章の意味内容を正しく読めること。この身近にして実は複雑な能力を磨くことから、私たちは始めるべきなのだ。
2冊目はiPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授と棋士・羽生善治竜王の対談集『人間の未来 AIの未来』(講談社)。AIにとどまらず将棋、生命科学などについてのざっくばらんな対話を書き留めたものだ。日本の偉大な知性による高級な居酒屋談義、と言ったら聞こえが悪いだろうか。根拠はないけれど、こうなんじゃないか、という会話がとても知的で楽しい。
なぜAIの将棋の指し方は不自然なのか? そこから人間の美意識とは一種の防衛本能ではないかという仮説を羽生竜王はたてる。さらに人間の「勘」とは何か? なぜ人間は切ったところが再生しないのか? などの疑問に対して大胆な仮説が登場する。つまり本書は、AIをはじめとする様々なモヤモヤについて自由に語る本なのだ。対話形式で読みやすく、気楽な読書にもおすすめだ。
さて、ゴリゴリとした硬派なAI本を読みたいなら『AI原論』(西垣通著、講談社選書メチエ)をおすすめする。AIの教科書のような位置づけの本だ。大学入試の問題文になりそうな読み応えのある文体(実際に著者の作品は教科書や入試問題にたびたび採用されている)で書かれた本書は、生易しいAI本とはあらゆる意味で一線を画す。著名な研究者を挙げながら(顔写真付きです。教科書っぽい!)AI史を正しく追い、近代科学思想の立脚点にまで立ち戻り、現代の哲学者・メイヤスーの思弁的実在論を紹介する。また一神教について解説し、シンギュラリティ(技術的特異点)仮説との親和性を考察する。まさに「原論」というタイトル通りの内容だ。
以上3冊を紹介した。とにかく書店にはAI本がたくさん並んでいて、読むものを選ぶだけでひと苦労する。この記事を選書に役立てていただけたら幸いだ。