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「平成最後の日」が写真集に 「喋るTシャツ」プロデュース、1000人の平成生まれが活写

文:浅野裕見子、写真:有村蓮

コミュニケーションのきっかけになるTシャツを作ろう

 平成生まれ1000人が撮影した「平成最後の日(2019年4月30日)の思い出」。その2000枚もの写真が、一冊の写真集になった。『写真集 平成卒業』(講談社)だ。企画したのはコミュニケーションデザイナーユニット「喋るTシャツ」。高校の同級生だという稲沼竣さん(28)と峯尾雄介さん(27)のふたり組だ。 

 「人と人がコミュニケーションをとるきっかけになれるTシャツを作ろう、っていうのが僕らのコンセプトなんです」と話すのは峯尾さん。思いついたのはフリーのデザイナーとして活動していた稲沼さんだったという。発想のルーツは、稲沼さんのアメリカ留学経験にある。 

 「日本の学生があまりにもおとなしいので歯がゆかったんでしょうね。担当教授が口癖のように“Don't be shy!”っていう。それがウザくて(笑)。俺、シャイじゃねーし、ってね。でも、確かにアメリカでは、通りすがりの知らない人から「そのヘアスタイル、いいね!」とか声をかけてもらえる。日本に帰ってくると、みんな黙ってる。あちゃー、と思いましたね」

 「ちょうどこれを始めた2016年は出会い系アプリというか、人と人をつなぐマッチングアプリが出始めたころだったんです。でも、どんなに便利なアプリができても、最後は一対一で喋らないと人間関係は築けない。Tシャツをメディアにしたツールがあってもいいな、と思って」(峯尾さん)

 クラウドファンディングで資金を募り、第一弾は2016年に「出身地を話題にしてもらえたらいいな」と「出身地Tシャツ」を、第二弾はその翌年、「なかなかありがとうって言えない気持ちを、あえて読みにくいデザインで表現した」という「Thanks Tシャツ」を発売した。「Tシャツのくせに、第一弾、第二弾とも冬に出したんですよ。いい加減、夏に出さないとね、って」(峯尾さん)。そこから「そういえば今年は平成最後の夏になるね」と気が付いた。

 「僕ら平成生まれは、当たり前ですけど平成しか知りません。だから平成が終わる=人生の大きな節目、になるんです」(峯尾さん)
 「僕らにしてみたら、卒業式が近づいてくるみたいな。終わりが見えてる、っていうこと自体がエモいんです」(稲沼さん)

「その日を写真に撮ってください」

 そうして生まれたのが、昨年夏に発売された「平成ゆとりTシャツ」だった。小学校の途中から、完全週休二日制が導入されたというふたり。社会に出れば、やたらと「ゆとり世代」と揶揄された。「僕ら、べつに好きでゆとり世代なわけじゃない。明確な反発心とまでは言わないけれど、そう呼ばれたことで、この世代にはゆるやかな連帯感があるような気がする」と稲沼さん。そこで、Tシャツには1989-2019と年号だけをデザイン。「ゆとり」を表現してサイズはLサイズ以上のみとした。

 写真展をやったら面白いんじゃないか、というのもたまたまの思いつきだった。Tシャツ購入者から抽選で100人に富士フイルムの「写ルンです」を送り、平成最後の夏、2018年8月31日を好きに撮影して応募してもらった。集まった写真は富士フイルムのギャラリーを借りて写真展に。小冊子にまとめて販売もした。その成功体験から「今度は平成最後の日を撮影してもらおう」ということになった。

 新たな「平成ゆとりTシャツ」として、5人のデザイナーと1つのブランドとコラボした6種類のTシャツを用意。2000人の購入者に「写ルンです」を配った。「撮影した中から自分で2枚選んで、データで送ってもらったんです。結果的に写真を送ってくれた人は1000人。そこには強烈なリアリティがありました」(峯尾さん)

 インスタントカメラならではの、独特の質感。デジタル補正は一切できない。誰が、どこで、何時に撮ったのかわからない。ただ共通しているのは「平成生まれ」が「2019年4月30日に撮った」ということだけだ。

その日を生きた1000人の人生を「見える化」

 集まった画像には日本全国、1000人の4月30日が映し出されていた。写真集は写真の色合いや時間帯に沿って編集されている。本の中で、日本全国で同時多発的に切り取った日常を、時系列で再構築するという趣向だ。

 「去年の春、平成ゆとりTシャツを始めたころには、俺たち面白いプロジェクトをやってるんだ、っていう自負のようなものがありました。けど、今回の『平成が終わるンです』では、もうそんな次元は超越してましたね。俺たちの存在なんてどうでもいい。Tシャツを買ってくれた人たちの平成最後の日が、少しでも楽しくできるように、力になれたらいいな、と思っていました」(稲沼さん)

  編集作業をする間にも、いろんな情報が寄せられたのだという。例えば、余命宣告を受けた父親を娘が写した一枚。「写真嫌いなお父さんだったけど『写ルンです』が懐かしくて、撮影を許してくれたそうです。本当にいい記念になりましたって言われて、しみじみ考えました。普段意識しないけど、今この瞬間にも、人の数だけ人生がある。このプロジェクトで、ある一日の1000人の人生を『見える化』したんだなって」(峯尾さん)。当たり前のことですけどね、とふたりは笑う。

  「平成ゆとりTシャツ」以降も、袖のデザインだけがお揃いになった「カップルソーデ」、人と人の距離を縮める(近づかないと読めないほど文字が小さい)「396(ミクロ)Tシャツ」など、次々にリリースしている「喋るTシャツ」。「来年の東京オリンピックまでに、日本人のコミュ力を上げたい! ちょっとでも楽しい国になったらいいなと思ってるんです」(稲沼さん)