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「分解の哲学」書評 日常の細部を全重量かけて探索

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2019年09月14日
分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考 著者:藤原辰史 出版社:青土社 ジャンル:食・料理

ISBN: 9784791771721
発売⽇: 2019/06/25
サイズ: 19cm/341,4p

世界は新品と廃棄物、生産と消費、生と死のあわいにある豊かさに満ち溢れている。歴史学、文学、生態学から在野の実践知までを横断する、〈食〉を思考するための新しい哲学。『現代思…

分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考 [著]藤原辰史

 本書を読んでいると、自分の平衡感覚が揺らいでくるのを感じる。直立している体が左右に揺れ、遠近法が反転して遠くのものが大きく見え始める。視界の中心に「分解」を据えると、日常の風景が一変してしまうのである。
 例えば積み木というおもちゃ。おそるおそる積み上げた高い塔がバランスを失って崩壊する。ただそれだけの単純なおもちゃであるが、著者は積み木はまた「崩し木」でもあるという。幼児は崩れるのを楽しむためにバベルの塔を積み上げる。積む、崩す、積む、の連続が積み木遊びであり、崩す行為がなければ積み木遊びは成り立たない。
 積み木は分解という現象を哲学するための一素材にすぎない。ゴミ捨て場の段ボールや発泡スチロールで恐竜や自動車を作ってくれる掃除のおじさん(本書は著者と交流のあった掃除のおじさんに捧げられている)や、スラムに身を投じ、「蟻(あり)の街のマリア」と呼ばれた女性にも分解哲学の光があてられる。これらのエピソードは単なる話のつまではなく、それ自体が一つの論をなしている。
 著者の思索の特徴は、ありふれた出来事に霊感を得、その細部を自分の全重量をかけて探索していくところにある。積み木はその考案者で、また幼稚園の考案者でもあるフリードリヒ・フレーベルの教育論へ至り、歩き、拾い、集め、分類する屑拾いは、新品や完成品で横溢する文化を相対化する梃子となる。
 著者は農業史、食の思想史を専攻する歴史家である。最初の作は『ナチス・ドイツの有機農業』であるが、研究の端緒となったのが、強制収容所跡で見たナチスのスローガン「自然と人間の調和」であったという。ナチスもまた、「分解」を通しての自然秩序の循環を強調した。しかしそのナチスがなぜユダヤ人虐殺を行ったのか。本書で多くの紙数を割いて生態学を論じるときにも、この疑問が念頭に置かれている。
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ふじはら・たつし 1976年生まれ。京都大准教授(農業史、食の思想史)。『ナチスのキッチン』『戦争と農業』。