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「崩壊学」 一切の望み棄てた上で見える活路 朝日新聞書評から

評者: 柄谷行人 / 朝⽇新聞掲載:2019年10月05日
崩壊学 人類が直面している脅威の実態 著者:鳥取絹子 出版社:草思社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784794224125
発売⽇: 2019/09/02
サイズ: 20cm/270p

崩壊学 人類が直面している脅威の実態 [著]パブロ・セルヴィーニュ、ラファエル・スティーヴンス

 地球の生物は過去に五度絶滅したことがある。その最後は、6500万年前、恐竜の絶滅期であった。次の「六番目の絶滅期」が今迫っている。それは18世紀後半のイギリスに起こった産業革命とともに始まり、特に20世紀後半に加速した。それは人口から見ても明らかである。1830年に10億であった世界人口が、1930年に20億、現在は70億となっている。絶滅の危機の兆候は、化石エネルギーの払底や気候変動(温暖化、水不足など)としてすでにあらわれている。そして、それは現実に、さまざまな困難をもたらしている。今後の見通しは、ますます暗い。
 もちろん、このような危機に関しては、多くの意見・対策が提起されてきた。太陽光、風力、地熱、その他、再生可能なエネルギーを活用しようというような。しかし、実は、石油がなくなれば、現在の電力システムは、原子力発電もふくめて崩壊してしまうほかない。在来型石油にかわる、シェールガスなどに期待が寄せられたが、それもまもなく尽きてしまう。どんな再生可能エネルギーにも、化石エネルギーの消滅を埋め合わせるほどの力がない。著者らはいう。《エネルギー源の減少は、まさに世界の経済成長の決定的な終わりを予告している》
 エネルギー危機が深刻な経済危機に先行することは、1970年代の石油ショックと2008年の経済危機において示されている。世界経済のシステムは、石油価格の高騰と下落に左右されているのだ。しかし、このような危機は一般に認知されない。というのは、それが事実であれば、資本主義的な世界経済がまもなく「崩壊」することを意味するからだ。ゆえに、それは集団的に否認される。そんなことはありえない、何らかの解決策があるはずだ、というのである。
 しかし、それはない。国連で唱えられる「持続可能な開発」などは、すでに非現実的である。たとえば、気候変動に関しても、今すぐ温室効果ガスの排出を全面的にやめても、気候の温暖化は何十年も続く。産業革命以前の環境に戻るためには、数世紀ないし何千年もかかる。今後に一層の自然破壊、さらに、飢饉と病気が生じるだろう。それは後進地域に始まって、全世界に及ぶ。さらに、経済危機が世界戦争に帰結するだろう。その兆候はすでにある。
 では、どうすればよいのか。何よりも、この現実を認めることである。本書には、いちおうの対策が示されている。しかし、本書がいうのはむしろ、一切の望みを棄てよ、ということだ。その上でのみ、ささやかな希望と活路が見えてくる。その意味で、「崩壊は終わりではなく、未来の始まりなのである」。
    ◇
 Pablo Servigne 1978年生まれ。フランスの農業技師で生物学博士。専門は環境農業や相互扶助▽Raphael Stevens ベルギーの環境コンサルタント。環境問題の国際的コンサルタント組織の共同創設者。