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ドラマ「死役所」に出演の松本まりかさん 「死」に対して悲観的にならないことは救い

文:根津香菜子、写真:斉藤順子

 10月16日にスタートしたドラマ「死役所」は、2013年から「月刊コミックバンチ」(新潮社)で連載し、現在までに累計300万部(電子書籍含む)を超える、あずみきしさんの同名漫画が原作です。ドラマ化が決まり、メインキャストのビジュアルが公開されると、その再現度の高さにファンの間では放送前から盛り上がりを見せていました。中でも「自殺課」の職員「ニシ川」を演じる松本まりかさんには、様々な作品での「怪演」が話題になっていることもあり注目が集まりました。

 第一話の放送に先立って行われた会見では「絶対に笑わない」というニシ川のイメージを崩さないよう「笑顔の写真を撮られないようにします」と話す松本さんでしたが、その直後に思わず笑みがこぼれ、主演の松岡昌宏さんから「もういいんじゃない?」というフォローが入り、会場からは笑いが起こりました。その後に行われた撮影現場にお邪魔すると、松本さん演じるニシ川と、でんでんさん演じるイシ間の重要なシーンの撮影中。イシ間に対し、淡々としながらも温かみを感じる言葉をかけるニシ川の姿がありました。撮影後の松本さんにお話を聞きました。

私のどこかにニシ川を見てくれたのが嬉しかった

——本作の出演が決まった時のお気持ちと、原作を読んだ感想はいかがでしたか?

 原作を読んだのは出演が決まってからですが、ドラマをやるから読まなきゃという感じではなく、内容がめちゃくちゃ面白くて、一気に13巻まで読みました。特にニシ川がすごく魅力的なので、この役をやりたい女優さんはたくさんいると思ったし、自分が最近演じさせていただいていた役や、皆さんが抱いて下さっているイメージとニシ川とはほど遠く、想像が湧かないのでは?と思っていたので、原作のあずみ先生がすぐにOKを出してくださったと聞き驚きました。私のどこかにニシ川を見てくれたのかなと嬉しかったですね。でも、これをドラマ化した時に「ニシ川が似ていない」とか「ちょっと違うな」って思うようなものは私自身が見たくないし、皆さんにも見せたくないので、ものすごくハードルが高いけれど、やりたいし「やるならとことんやらなきゃ!」と思いました。

 お話自体はシンプルなので、幅広い年齢の人たちに見やすくて、それでいて心に深く刺さるものがあるというのはすごく良い作品だなと思います。今回のドラマは、変に歪曲したりオリジナルのものにしたりしていないので、大事なところは全然ブレていないんです。原作の世界観をちゃんと伝えられている仕上がりになっていると思います。

——ニシ川のチャームポイントである口元のほくろやアイラインの上げ方など、何ミリ単位でメイクさんと相談して原作に忠実に再現したと伺いましたが、外見以外で役をつかむ手掛かりになったことはありますか?

 漫画原作への出演は初めてではないんですけど、これは原作から外れてはいけない作品であり、キャラクターだと思ったので、出来る限りのことをしてビジュアルを寄せました。二次元から三次元に役を落とし込むことはすごく難しいんです。もっと普通の役だとセリフの言い方も幅広いんですけど、ニシ川の場合はセリフが限られているので、初めは台本を読んだ時、語尾などにちょっとだけ違和感があったんです。なので、原作のニシ川のセリフを全部書き出してみたら「ニシ川って、こんなはみ出たことも言うんだ」とか「こんな語尾を使っているんだ」ということが分かったんです。

 そのセリフ集を見ていると、彼女はこういうことを言う、言わないということが感覚的に分かってきたので、今回はそういう役の作り方をしました。キャラクターを知ろうとすることは大事だけど、ニシ川の場合は全てを分かりえない人でいいんじゃないかな、と思うんです。そこが彼女の魅力ですから。

——シ役所には様々な死因で亡くなった人が訪れます。中でも、自ら命を絶った人々がやってくる「自殺課」に所属しているニシ川を演じられて、何か思うことはありますか?

 おそらくニシ川にとっては「死」というものが「かわいそう」とか「悲しい」という普通の概念がないのだと思います。だからこそ「自殺課」に来るお客様に対しても、仕事として淡々と接することが出来るんでしょうね。そこにぐらぐらと感情移入するのがイシ間さんみたいな人だと思うんですけど、私は死に対して、悲観的にならないということは救いだと思っているんです。

 不慮の事故や災害で亡くなられて、そのことをずっと嘆き続けてしまう人生は本当に辛いと思います。でも「シ役所」にやってきて、自分の人生を反芻して、死を受け入れて成仏することができる人がいると思えると、今生きてる私たちが「あの世」を想像した時に、死後にこんな世界があるんだったら、ちょっと救われるじゃないですか。私は死というものがすごく怖いし、悲観もするんです。だけど「死」に対して「悲しいだけじゃない、そんな価値観もあったんだ」っていうことを思わなきゃやっていられない作品なので、ニシ川もその一端を担っている存在になっているんじゃないかなって 思います。

©「死役所」製作委員会
©「死役所」製作委員会

人の記憶に残って「存在してる」ことを確認できた

——昨年放送されたドラマ「ホリデイラブ」(テレビ朝日系)での「あざとかわいい女」や、今年の10月に放送が始まった「シャーロック」(フジテレビ系)での、豹変する女などの演技がSNS上でも話題になり、最近では「怪演女優」とも言われていますが、これらの反響をご自身はどう捉えていらっしゃいますか?

 なんだか色々な形容詞をつけていただいていますね(笑)。「あざとかわいい」や「怪演女優」っていう言葉はSNSで初めて知りました。私は特に「あざとい」と思って演じたわけでもないし、あれを「あざとい」と言うんだと、私が教えてもらいましたね。でも、「ムカつく」でも「怖い」でも、どんな意味でも皆さんの心に強く残ってもらえているというのは、私にとってはすごく嬉しいことなんです。

 もう19年この仕事をしてきて、人の記憶に残らないっていうのは結構辛いんですよ。「何やってるの?」と聞かれて「役者やってます」って言うのも恥ずかしいし、誰も知らないのにやっている意味があるのかな?と思ってしまうこともありました。でも、ずっと演じることが好きだったし、今はたまたま反響がある役に出会えて、皆さんに面白いと思ってもらえるのは本当に幸せなこと。どんな風にでも「こう思った」「こう感じた」と言ってもらうことで、私の心も動かされえるんですよ。「私って存在してるんだ」ということを確認できるし、自分が救われている気がするんです。

——これまで様々な役を演じられてきましたが、ご自身のキャリアの中で、今回のニシ川はどんな存在になりそうですか?

 ニシ川はこれまで演じたことのないキャラクターで、皆さんが私にあてがうことのないような役なので新鮮です。今までは割と感情の激しい役ばかりやってきたのですが、今回は感情を出さずに、淡々している役なので真逆なんですよね。クールなニシ川を通して「こういう人をそういう目で見ることがあるんだな」ということを教えられますし、日々学びがあります。

——好書好日はブックサイトなので、ぜひ、松本さんの読書歴についてもお聞きしたいのですが、普段はどんな本を読まれますか?

 私はこれまでずっと本を読んでこなかったんです。でも、そんな人生がつまならいというか、自分の中に何もない気がして。そんな時、ドイツの哲学者・ショウペンハウエル の『読書について』と出会ってから一気に読書をするようになりました。彼は今から200年くらい前の人で、色々なものをアンチするような手厳しい人なんです。『読書について』というタイトルなのに「本ばかり読むな」って言っているんですよ。それから「本を読みすぎるとその人の考えをもらってしまうから、自分の頭で考えなくなる。だから多読はよくない。だけど良書はいいんだ」というようなことも書かれているんです。

 良書っていうのは古典のことだと思うんですけど、やっぱり昔から残っている作品って普遍的なんですよね。今は色々な方法論やハウツーものがあるけど、例えば500年後も残っている本って本当に少ないと思う。だとしたら、良いものを見極める目を養わなくてはいけないと思うんです。それは本でも食べるものでもそうですし、お芝居でも良い芝居とは何かとか、そういう目を養うことの大切さをこの作品から教えてもらいました。私は悪いことからも学ぶことはあると思うけど、とにかく何かを得られればいいと思うんですよ。何も考えずにただ怠惰に時間を過ごし、ぬるま湯に浸かっていてはダメだよということを、この本では伝えているんだと思うんです。良い本を探し当てるように、良い人たちにも出会いたい。そういう意識を持たせてくれた一冊です。