1. HOME
  2. インタビュー
  3. 佐藤賢一さん「ナポレオン」インタビュー 民主主義のひずみの原点、フランスの英雄からたどる 

佐藤賢一さん「ナポレオン」インタビュー 民主主義のひずみの原点、フランスの英雄からたどる 

佐藤賢一さん=2019年9月24日、東京都千代田区、興野優平撮影

原理通りいかず強権政治に

 民主主義についての佐藤さんの持論はこうだ。「意見の多様性を重視する原理原則を守ろうとしても、もくろみ通りにはいかなくなる」。EU離脱問題で議会と首相が対立し、混迷する現在の英国しかり。フランスは政治的に不安定だった第三共和制が、ナチス・ドイツに占領された「痛恨の反省」があり、ドゴールが第五共和制に移行する際、大統領の権限が著しく強化された。州の連合である米国も、南北戦争という内戦を経て大統領権限を強めた。「民主主義を実践した主要国は、一度は原理通りにやろうとするけれど、何も決められないことに気づき、強権的なトップダウン式の政治を選んでしまう傾向がある」

 その歴史をたどっていくと、ナポレオンに行き着くという。クーデターを起こして共和制のもとで権力を握った後、国民投票によって皇帝に就くという手続きで帝政に切り替える。「国民の意思を託されて国家元首になるスタイルをつくった。国民の権利は無視せず、ナポレオン法典で人権を法律に定めて守った」

 ナポレオンは、青年のころにフランス革命を経験し、一度は民主主義にかぶれた。ただ絶対視はせず、「最近はやってきた考え方だ、くらいにしか思っていなかった」とみる。

 「フランス革命は、民主主義という高邁(こうまい)な理想を掲げた人たちが破綻(はたん)していく物語だった。民主主義の根本がフィクションだからだ。神様を見たことがあるという人はいても、民主主義を見たことのある人はいない」

 一方、「脱亜入欧」を掲げ、欧米列強に追いつくべく、近代化を進めてきた日本はどうか。「いまだに民主主義を取り入れた方が先進国なんだと、曲げてはいけないことだと、まるで神様みたいに受け取っている」と手厳しい。勉強させていただくという姿勢を繰り返していては「いつまでも本当の意味では西洋を理解できない」と指摘する。

 そのために必要なのは、エンターテインメントとして楽しむこと。「面白がって、フラットな目線で扱えるようにならなければ、対等にはならない」。その思いが、西洋史小説というジャンルを打ち立てる推進力になっている。今作のナポレオンも英雄という後世のイメージ以前の、人間味あふれる等身大の存在として描いた。「三国志と同じようなレベルで、欧米の歴史に親しめるようになれば」

 フランス革命、ナポレオンに連なる次の構想は、第2次世界大戦だ。「西洋史を題材に、点として優れた作品はたくさんあるけれど、線として系統立ったものはたぶんなかった。自分が書かなくてはいけない、という使命感がある」(興野優平)=朝日新聞2019年10月23日掲載