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朝井リョウさん「嫌味には〈閾値越え〉で返すのがおすすめです」(第3回)

朝井リョウさん=武藤奈緒美撮影

【今回のテーマ】「あいつにガツンと言い返すときの言葉」

後で気づいた嫌味の洗礼

 言葉のプロたちと日常に抱いた感情を表す言葉を探す新番組「わたしの日々が、言葉になるまで」。小説家である朝井さんにとって、どんな面白さがありますか。

「小説、歌詞、漫画などから言葉を抽出して、みんなでああだこうだいいながら遊ぶ、という試みは今まであまりなかったですよね。それは多分そういう場を成立させられるだけの事前準備が大変ということもあると思うんですけど、この番組のスタッフの方々は本当に毎回趣向を凝らして異なるテーマとそれに付随する具体例を集めてくださるので頭が下がります。普段、出版業界でない方々にお会いする機会が少ないので、たとえば今日だとヒグチアイさんの音の響きを先行して歌詞の言葉を決めている話など、とても興味深かったです。今はSNSを始めとして趣味で何か書いている方々も多いと思いますし、かなり幅広い方に楽しんでいただける番組じゃないかなと思います」

 今回のテーマは「あいつにガツンと言い返すときの言葉」。出演者の劇団ひとりさん、WEST.の桐山照史さん、俳優の松井玲奈さん、シンガーソングライターのヒグチアイさん、それぞれの嫌味エピソードが披露されましたが、朝井さんもデビュー時、さまざまな嫌味を言われたそうですね。

「デビューが若かったこと、そしてデビュー作が“売れる”という現象に恵まれたことで、嫌味を浴びた回数は人より多かったかも。『メディア出演のほうでお忙しそうですね』とか、『作家同士で仲良くするなんて、私の時代には考えられない』とか、〈お前を“本物の作家”とは認めていないからな〉みたいな本意に後から気づくような言葉巧みな嫌味を堪能してきました」

 番組でその対処として「言葉数で殴り返す」と、「閾値越え」という技を披露されていて、シビれました。

「嫌味って、言う側が想定している反応があるじゃないですか。うろたえるだろうな、とか、ビビるだろうな、とか。その想定を大幅に超える反応を見せると全部有耶無耶になったりするんです。さっきの例の前者だと、『メディア出演最高! 主要テレビ局全制覇しました!』とか(笑)。後者だと『ほんとそう、作家同士でベタベタ仲良しごっことか歯ごたえ無さすぎてゴミカスですよね。もう小説の文化は終わりですよ』とか。プラス、マイナスどっちでもよくて、とにかく相手の予想をぶっちぎることが大事というか」

朝井リョウさん=武藤奈緒美撮影

若手作家に優しくしたい理由

 昔からこれらの技は編み出していたんですか?

「いえ、やっぱり小説家として活動していく中で習得していきました。小説家デビューの同期に窪美澄さんと柚木麻子さんがいて、先日も一緒にご飯を食べたんですけど、昔から『こんなこと言われた!』と共有しあっては知恵を出し合ったり」

 今ではすっかりお三方ともベテランですが、若い作家さんたちにはどう接していますか。

「まだベテランではなく〈中堅〉と呼ばれたいです(笑)。昨年まで2年間、小説すばる新人賞の選考委員をやっていたのですが、偶然、20代前半の受賞者が続きました。私は〈20歳〉という親元は離れたけれど社会経験はない状況でデビューしたので、本当にわからないことだらけだったんですね。支払調書も捨てていたし、国民健康保険ってなに? みたいなレベルで、それは仕事のやりとりに関しても当てはまりました。だから直近2年間の受賞者の方々には『この仕事の依頼のされ方って正しいのかな』とか『これってハラスメント?』とか思ったら、編集さん伝いでもいいから相談してねと話しました」

 やさしい先輩ですね。

「そう思われそうなことを自分で言うっていうね(笑)。ただ、私自身、授賞式の2次会で先輩作家に言われたことって今でも覚えているんです。そのときいただいた言葉に助けられたことも多いので、そんな先輩になれたらと思います」

 松井玲奈さんから、「嫌味は受け手側のコンディションにもよる」というお話も出ましたね。

「それは私もすごく感じます。前は気にならなかった言葉がすごく気になるときって、自分の調子が悪いんです。逆に、今この人、どんな言葉もちょっとマウントっぽく捉えちゃう時期なんだな、って察するときもあります。誰でも波があって、その波が交差したり、重なったり、思い切り離れたりしながら、人間関係が更新されていくんだよなと最近よく考えます」

 番組では『毎日化粧しててえらいね。私なんか眉毛しか書いてないよ』という言葉が嫌味の例として挙げられていましたが、松井さんは似たような言葉を心からのリスペクトで言っていたと驚いていましたね。

「そうそう。あれをテレビで見ていて、じゃあ私が言われたこともそんなに嫌味と取らなくてよかったんだな、ってスッキリする人もいると思うんです。一つの言葉の受け取り方をみんなで話し合う、この番組こその気づきですよね」

朝井リョウさん=武藤奈緒美撮影

〈見栄小説〉はひとつのジャンル

 番組後半のテーマは「見栄」。話し合ってみていかがでしたか。

「見栄というのは、ひとつのジャンルにも数えられるんじゃないかと思うほど、昔から小説のテーマになってきました。中島敦の『山月記』なんてその最たるもの。自著の話で恐縮ですが、私の『死にがいを求めて生きているの』も物語の軸に虚栄心があります。

 人間と虚栄心は切っても切れないと感じます。というのも、最近出した『生殖記』で、とある理由で見栄や虚栄心がほとんどないキャラクターを描いたんですね。そうしたら、本当に人間味のない描写が続いたんです。私にとって見栄とはやっぱり、人間を人間たらしめるものなのかもしれないと感じました」

 番組では、秋元康さん、五木寛之さん、三島由紀夫の見栄について語った言葉が引用されました。

「今回引用されたのは全員、男性なんですよね。自分に当てはめてみても、見栄というのは男性的な病の一種なのかなと感じます。自分への戒めにもなる回でした」

 ご自身も男だからこそ見栄を張っていると感じることがありますか。

「ありますし、期せずしてそれが今秋出版予定の小説のテーマの一つになっています。主題は、ファンダム経済(熱心なファン=ファンダムが生み出す経済)を仕掛ける側とそれに嵌められる側、かつて嵌まっていた側の三つの目線で構成されているのですが、プロットを練っているうち、これは『大人の男友達問題』にも繋がる話だとなっていきまして……」

 というと?

「例えば、それこそ窪さんや柚木さんなど、女性の作家さんとは気軽にお喋りしようよってランチの約束ができるのですが、大人の男友達同士だと“ランチ”っていう選択肢がそもそも挙がりづらい。ちょっと人恋しいな、あなたと喋りたいな、みたいなことを言い出しづらいんです。この感覚って、個人的な考えですが、男性のほうに親和性が高い気がします。それはやっぱり、少しでも弱く見られたくないとか、自分の脆さや弱さを晒すことへの抵抗が根底にあるからなのかなって」

 たしかに、男の人って悩み相談をあんまりしてくれないですよね。

「弱いところを見せたくないって自分で感じていたり、見せるべきじゃないって社会から思わされていたり、そういう背景があると思います。

 あと、私にとって新しい視点だったのは、ヒグチさんや松井さんが見栄は優しさでもあるとおっしゃっていたこと。実際は小さな魚を釣ったのに大きな魚を釣ったことにして話を面白くしたり、今までの話の流れを止めないために本当は違うのに周りと水準を合わせたり。見栄をポジティブに捉えるひともいるんだな、と新鮮でした。ひとつの言葉、ひとつの感情に対してこれだけちがう解釈が出てくる場って面白いですよね。今後もいろんな言葉のプロが登場するそうなので、私も楽しみにしたいと思います」

【番組情報】
「わたしの日々が、言葉になるまで」(Eテレ、毎週土曜20:45~21:14/再放送 Eテレ 毎週木曜14:35~15:04/配信 NHKプラス https://www.nhk.jp/p/ts/MK4VKM4JJY/plus/)。次回の放送は4月26日(土)20:45~。これまで放送した第1~3回のまとめの回です。