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新井洋行さんの絵本「いろいろ ばあ」 五感で感じる気持ちよさを伝えたい

文:根津香菜子、写真:斉藤順子

「ぶちゅっ」の気持ちよさを体験してほしい

――「いっくよー!」のかけ声で始まり、「あかです」「いろいろ…」の次のページをめくると「ばあ!」と言って、赤い絵の具が飛び出してくる。新井洋行さんの絵本『いろいろ ばあ』(えほんの杜)は、赤、青、黄色の3色が、ページをめくると形を変え、チューブから出てくる様子を「いないいない ばあ」形式で描いた作品だ。

 チューブから絵の具が「ぶちゅっ」と飛び出たら気持ちいいじゃないですか。僕も絵の下地を描く時は白色を大量に使うので、大きいチューブを「ぶちゅっ」と握って絵の具を出すんですが、とても気持ちいいんですよ(笑)。赤ちゃんにとっても、チューブから元気よく色が飛び出すという感覚が面白いんじゃないかと思ったんです。その気持ちよさを、絵本を読みながら体験してもらおうと思って作った作品です。

新井さんのアトリエにある机上には、色とりどりの絵の具の痕跡が

 子供って、新品の服を着ていても平気で泥沼に飛び込んだり、床にクレヨンで絵を描いたり……。後先のことよりまず気持ちいいと思うことをしたいんですよね。僕が自分の絵本で一番感じてもらいたいと思うのが「快感」なんです。知識欲が満たされるとか、お話に感動するという「ものづくり」ではなく、読んだ時に五感が気持ちよく感じられる絵本作りをしたいと思っています。

『いろいろ ばあ』(えほんの杜)より

――青は「ぽっぽっぽっ」、黄色は「ぶにゅ!」と、それぞれの色が飛び出す時の擬音は、色をイメージした時、頭に浮かんだ音なのだそう。 

 固定概念の音をまるっきり使うというよりは、できればオリジナルで考えた音で、なおかつ、みんなと共有できる音を探したいなと思っています。でも難しいんですよね。みんなが分かりきっている音だったら面白くないけど、小さい子でも分かりやすくしなきゃいけない。だけど、当たり前すぎると面白くないから新しい音を見つけたい。そのせめぎ合いです。擬音と色の形、どちらが先ということはあまり考えていません。まずはアイデアがあって、後は探りながら進めていく感じです。見てくれる子供たちに、アイデアが一番純粋に形として伝わるように、言葉や絵を集めていくんです。

――絵本の後半では、赤と青を混ぜると紫色に、青と黄で緑色など、混色した色が出てくる。

 この作品のビックレビューを見たら「色の勉強になりました」と言ってくださる方が結構いるんですが、僕自身は決して「色の勉強に」と思って描いたわけではないんです。2色が「ぐにゅ」っと混ざり合ったら気持ちいいぞっていうところを伝えたかっただけなんですよ。デビュー作『れいぞうこ』(偕成社)も「食育や知育の絵本ですね」と言ってくださる方が多かったんですけど、僕は全くそんなことは思っていないんです。冷蔵庫の扉が開いて、中から卵や牛乳が飛び出してきたら楽しいな、子供が喜ぶだろうなと思ったことを描いたんです。でも「そういう考え方もあるんだな」と分かって、それはそれでよかったと思っています。

『いろいろ ばあ』(えほんの杜)より

――現在、二人の子供を持つ父親でもある新井さんは、自身のお子さんからも「色」について学んだことがあったそう。

 うちの子どもが3、4歳の頃、本棚から自分たちで自由に絵本を取ってくるんですが、モノクロの絵本を持ってくることが多かったんです。大人が思うほど、派手な色が好きというわけじゃないんだなと教わりました。

 赤ちゃんがまず初めに認識する色が、白と黒、次に赤なんだそうです。生き物の感覚として、それらの色にひかれる理由が何かあるんでしょうね。絵本を作るのは僕ら大人ですが、読んでくれるのは赤ちゃんや子供なので、本作も自分の感覚だけで色を決めるのではなく、赤ちゃんや子供が興味のある色、認識する色を使おうと思いました。

色の組み合わせっておもしろい

――「小さい頃から色が好きだった」と話す新井さん。街や自然の中にある様々なものに色々な色が組み合わさっていることを見つけて、知れば知るほど色の魅力が分かってきたと言う。

 今は絵を描く仕事をしているので、色のことをすごく考えます。みんな、好きな色と嫌いな色ってあるじゃないですか。僕も嫌いな色があるんですが、絵を描くときに、あえて嫌いな色を使うと、いい感じにバランスがとれることがあるんです。あとは、どんな色を組み合わせればオシャレに見えるか、やぼったくなるのかとか、色の組み合わせってすごく面白いんですよ。僕が長年絵を描いてきて、何か一つ「自分はこれができる」と言えることは、自分の思い描いた色を一回の混色で作れることなんです。

――本作のように、分かりやすい絵と擬音で構成した0~2歳児向けの「ファーストブック」を手掛けている印象が強い新井さんだが、幼児向けの作品も多く、デビューから現在までの13年間で、作品数は約150作にのぼる。

 年齢が高い子供に向けた作品の文章は、ある程度の知識があっての前提で、人間の文化の中でのお話になっているんです。でも、赤ちゃんはまだその文化をもっていないから、僕は生き物がうれしいと思うことや、喜んだりする部分を描きたいと思っています。例えば、大人が赤ちゃんと対峙した時「さぁ喜んでもらおう」とすると、色々なアイデアが湧いてきますよね。そういう部分の感覚です。

 本作は、自分の中に浮かんだアイデアをシンプルにそぎ落としていって、絵本を読むというよりは、絵本を読みながら親子で遊んでいる感覚になっていると思うんです。体感的な気持ちよさや、五感で楽しめることを明確に表現できたと思うし、デビュー作の次にこの作品があったからこそ、自分の方向性が見えてきた気がしますね。

――幼い頃から絵を描くことが好きで、中学、高校では美術部に入り、美大を卒業後、デザイナーとして就職した。そんな新井さんが最初に絵本作家を志したのは中学2年生の時。

 テレビで海外の恵まれない子供たちの特集を見て「生まれて死んでいくためだけの人生って切なすぎる」と思ったんです。将来は絵本作家になって、せめて自分が描いた絵本を読んでいる時だけは笑ってほしいと思いました。

 絵を描くのが好きになったのは3歳の時からです。その当時、少し離れた所に住んでいたおばあちゃんにひよこの絵を描いてあげたら、めちゃくちゃ喜んでくれたんです。「絵を描いてこんなに喜んでくれるんだ」と思って、絵で人を喜ばせられると自信をつけたのは、そのひよこの絵からです。

――今でも「ものづくり」が好きすぎて「出来る限りたくさん作品を作りたい」と話す。

 大体、1年間に20本くらいの企画を色々な会社に通してもらうんですが、そうすると翌年の自分がそれを描かなきゃいけなくて、いつも後から苦しむことになっています(笑)。自分だけで間に合わない時は、他の人に絵を描いてもらうこともあります。アイデアを出すことが好きで「もっとやりたい」という気持ちは常にあるから、ラフを作って編集さんと打ち合わせしている時が一番楽しいんです。

 僕は本で森羅万象を表せられると思っているんですよ。いつか、世の中のすべてを表現できるような作品を描いてみたいですね。そこにたどり着くには、物量的に一生かけても終わらないから、今もアイデアがどんどん出てくるんです。