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朝日賞受賞・多和田葉子さん自作を語る 多言語で翻訳、いろんな解釈が最高の楽しみ 

峯岸進治氏撮影

事実から紡ぐ不思議な物語

 「雪の練習生」(2011年)は、ドイツ・ベルリン在住の多和田さん自身によるドイツ語訳を機に翻訳が広がった。主人公は、サーカスから作家に転身したホッキョクグマの「わたし」。モスクワのサーカス団の労働状況を書いた本が西側で話題になり「わたし」は亡命する。

 ロシアではいまだ刊行されず、ウクライナではすぐに訳された。「ロシアは何か変なことが書いてありそうだとやめたのに対して、ウクライナはロシア政府への批判として読み取り喜んだ」というのが多和田さんの解釈。いち早い翻訳版は中国だった。「西側の民主主義を皮肉った本だと受け取ったみたいです。いろんな解釈があって面白い。翻訳されるのは最高の楽しみです」

 最近、ミャンマーで芥川賞受賞作「犬婿入り」(1993年)が訳された。郊外の団地に暮らす女性の生活に犬のような男が入り込む。刊行イベントで訪れると、ミャンマーの読者から「女性の性をこれほどあからさまに書いて平気なのか」と質問されたという。「日本では私よりもっと性的な描写をする作家がいて、私は全然そうじゃないと言っても納得してもらえない(笑)」

 初期の短編「ペルソナ」は、日本人女性がステレオタイプのまなざしにさらされる緊張感を描く。昨年ヘブライ語訳が出ると、イスラエルのジャーナリストから「これは今のイスラエルをよく反映している」と連絡があったという。「『ペルソナ』はリアリズムです。ドイツ駐在の日本人に会って、その考えにショックを受けたことがきっかけ」

 このように、執筆のきっかけは事実から始まることが多い。日本でのデビュー作「かかとを失(な)くして」(91年)は、ドイツ・ハンブルクに「契約結婚」でやって来たタイの女性たちの話を聞いて生まれた。

 英訳で広く読まれる「献灯使」は、大厄災後に鎖国を選んだ日本が舞台。子どもはみな病弱で歩けない。老人は100歳を超えても健康で社会を支えている。東日本大震災後の福島に3度、取材に行った。「主人公たちの住まいは仮設住宅を見たまま。落ち着いた老人とか。元気な年寄りと繊細な子どもという日本社会は、私が長年ベルリンから見て感じていた姿でした」。子どもの病気のイメージは、石牟礼道子の描いた水俣と、ベラルーシのノーベル賞作家、アレクシエービッチが描いたチェルノブイリだという。

 ギリシャ神話を想起させる「変身のためのオピウム」(01年)や主人公がフランスを目指す「ボルドーの義兄」(09年)など、震災前の作品は西欧に軸足を置いていた。近年は小説の中で日本が強い存在感を放っている。近作「地球にちりばめられて」は故郷の島国を失った女性が登場する。消失がより日本を強く感じさせる。

 ベルリンで震災の報に触れた時、「日本に行かなきゃ」と思ったという。「あれ以来なんとなく日本での活動が増えていますね。日本に心が戻りました」

 「ドイツの若者は日本が好きですよ。漫画やアニメ。すっごい楽しそうな自動販売機とか。遠い国だからファンタジーのように想像が膨らむのでしょう。間違っていたりゆがんでいたりするけれど、創造的で面白い。ベルリンにいると、日本がフィクションの国なんじゃないかという気がするのです」(ベルリン=中村真理子)=朝日新聞2020年1月15日掲載

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