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「赤星鉄馬 消えた富豪」書評 学術研究の基盤築いた謎の人物

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2020年01月25日
赤星鉄馬 消えた富豪 著者:与那原恵 出版社:中央公論新社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784120052446
発売⽇: 2019/11/08
サイズ: 20cm/413p

赤星鉄馬 消えた富豪 [著]与那原恵

 本書は評伝であるが、主人公の赤星(あかぼし)鉄馬はほとんど知られていないのではないか。薩摩出身の富豪の息子であり、米国のペンシルベニア大学を卒業、日本初の学術財団「啓明会」を設立し、多くの研究者を支援した。趣味の釣りでも活躍し、ブラックバスをアメリカから持ち込み、日本で繁殖させた。とはいえ、今日、その名を記憶する人は多くないだろう。
 本書を読めば、赤星の人となりが浮かんでくる。自然科学を含む多くの学術研究を支援し、公共的目的の組織への寄付を惜しまない。現代的に言えば、メセナやCSR(企業の社会的責任)の先駆者であるが、売名を嫌い、ほとんど前に出ることはなかった。自ら役職につくこともなく、組織を私することを抑制した。
 このように書くと、謙虚ではあるが、地味な人物の一生に見える。だが、赤星はけっして地味ではなかった。その名のごとく、戦前の日本における文化的公共圏の明るい星であった。赤星は吉田茂や樺山愛輔(白洲正子の父)、岩崎小弥太らと若き日から接し、終生の友人であった。彼らは日常を共にし、ビジネスだけでなく文化的事業でも志を共有した。
 そのようなネットワークは政治的にも意味を持った。赤星自身は非政治的な人物であったが、大磯の別荘の隣人である吉田や樺山らは終戦工作を行っている。彼らの多くは元勲の子孫であったが、欧米の大学に学び、リベラル派であった。赤星もまた、そのような人脈に連なっていた。
 とはいえ、赤星の真骨頂は幅広い学術を、短期的な成果を求めず支え続けたことだろう。高群逸枝を含む女性研究者を支援する一方、古琉球の文化の保存にも関心を持つなど、その後の学問の基盤を築いた。にもかかわらず、本人は戦後改革で財産を失い、静かに消えていった。鳥居坂の自宅跡に現在は国際文化会館があるのが、なんとも象徴的である。
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よなはら・けい 1958年生まれ。ノンフィクション作家。『首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』など。