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「すれ違い」をかさねて 湊かなえ

 正月は、実家に帰りました。今年こそ、アレを実行するぞ、と強い意志を持って。実は、私の両親は携帯電話を持っていなかったのです。何度も勧めたのに、「必要ない」の一点張りで。

 1990年代のトレンディドラマには「すれ違い」がつきものだったが、携帯電話の普及で、それが難しくなった。そんな、ドラマの制作現場の嘆きでさえ、ひと昔前のエピソードになろうとしているのに、私の実家では、当たり前のように「すれ違い」が起きていたのです。

 帰省時はいつも、最寄りの新幹線の駅まで、両親が車で迎えに来てくれるのですが、新幹線に遅延があればもう、アウト。5分以上、同じ場所に待機することができず、あてもなく探しに出てしまうのです。

 待ち時間に余裕を持たせるため、駅構内のドーナツショップを指定したら、コーヒーショップになっていて、アウト。似たような店なので、中でお茶でも飲みながら待ってくれていたらいいのに、店が変わっていることを私に伝えなければ、と駅周辺を歩き回っていたらしく、30分以上会えず。

 そのうえ、両親は柑橘(かんきつ)農家を営んでいるため、山の畑に行くことも多く、そこで具合が悪くなったらと、年々、不安は募るばかりです。

 説得すればゴネるので(面倒臭いのでしょう)、駅から直接、ケータイショップの入っているショッピングセンターに連れて行ってもらい、その場で一台、購入しました。

 母親、70歳(古希)の、スマホデビューです。とりあえず、通話方法さえ覚えてくれたらいいと思っていましたが、私の娘である、高校生の孫に教えられ、三が日の間に、ラインもできるようになりました。

 その後も、私とは必要な時しか連絡を取りませんが、娘には毎日ラインが届いているそうです。変換のおかしい文章もありますが、スタンプも増え、楽しそうで何よりです。

 今年の目標は、まず一つ達成できたかな、といったところです。=朝日新聞2020年1月29日掲載