最初にこの本の存在を知ったとき、これは売れるだろうなと思った。誰もが老後の生活資金に不安を抱える今、交通誘導員として働く高齢者の姿に未来の自分を重ねる人は少なくないのではないか。かく言う私自身もその一人である。
著者は73歳。出版社勤務後、編集プロダクションを設立、編集やライター業で食べてきたというから、人ごとではない。編集だのライターだのといえば聞こえはいいが、兼業でやりくりしている人は意外に多いのだ。
交通誘導員の業界もご多分に漏れず人手不足が深刻らしい。そのため自己破産者でなく健康で日本語がしゃべれれば面接で落とされることはまずないとあって安心した。
著者の日当はだいたい9千円前後、交通費は出るところと出ないところがある。十分とは言えないが、まあなんとか暮らしていけそうな額だ。
とはいえ仕事は立ちっぱなしだし、夏は暑く冬は寒くとそれなりの覚悟はいりそうだ。誰にでもできそうに見えてうまく誘導するのは技術がいるし、何より現場監督や作業員、同僚や通行人などとのコミュニケーションに気を使うらしい。でもだからこそ年の功がものをいうときもあると著者。なるほど。
本書ではそうした人々とのやりとりが生々しく描かれ、現場の雰囲気がよく伝わってくる。感動的な話がないと著者自身が書くとおり、心浮き立つ内容ではないものの、失業してホームレス寸前の人やネットカフェ難民の何割かは警備の世界に活路を見いだせるのではとの助言には説得力がある。
著者には家族があり、警備の仕事について妻に不満を言われる描写もあって、身につまされる。それでも本書が暗くならないのは、著者に自己を卑下するような態度が見られないからだ。ライター兼編集者としてもうひと花咲かすつもりだと書く著者。結局いくつになっても必要なのは、青臭いようだが「夢」なのかもしれない。=朝日新聞2020年2月8日掲載
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三五館シンシャ・1430円=8刷5万5千部。19年7月刊行。70代の著者と同世代の読者が中心で「著者の生活と地続きな現場を描いたことが共感を広げたのでは」と中野長武社長。