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ぴあ編集部「大阪・関西万博ぴあ」 理念掲げる難しさ映し出す

 「なるべく能書(のうがき)のつかないところをくれ」

 老舗の蒲焼(かばやき)屋で店主のウンチク話を延々聞かされた某記者が、業を煮やしてそんな注文をした。同じく新聞記者からノンフィクション作家に転じた本田靖春氏が紹介していたエピソードだ(『我、拗〈す〉ね者として生涯を閉ず』講談社文庫)。

 『大阪・関西万博ぴあ』を買った人も同じ気持ちだったのではないか。このぴあ版のガイドブックには公式版の巻頭にある日本国際博覧会名誉総裁のお言葉や万博が見せる未来像の解説、シグネチャーパビリオンの担当者インタビューが載っていない。つまり能書き=理念の記載がない。逆に「大阪のグルメ&レジャースポット」特集はぴあ版の巻末だけにある。

 そんなぴあ版ガイドブックが現在80万部と公式版の22万5千部(日本語版)を発行部数で圧倒している。そこから万博来場者の心情を推し量れよう。せっかく出掛けるのだから、大阪名物の粉ものやお笑い芸も本場で味わって帰りたい来場者にとって、能書き部分は公式版に大枚3080円を払ってまで読みたいものではないのだ。

 なぜ理念が尊重されなくなったのか。埋め立て地開発の本丸は万博会場の隣で建設が進むカジノを含む統合型リゾート施設と聞くと、いかに高邁(こうまい)な思想を謳(うた)われようと虚(むな)しく響く事情もあったのだろう。しかし、そうでなくとも、複雑化する科学技術状況や混迷を極める国際情勢の中で明るい夢や未来を描くのが難しくなっている。国家の一大事として大上段に理念を掲げて万博に臨むスタイル自体が、賞味期限切れを迎えつつあるのではないか。

 能書きのないガイドブック持参であくまでも観光の一環として万博を消費しようとする来場者たちは、そうした博覧会の実情に見合っていると言えそうだ。

    ◇

 ぴあ・1200円。25年3月刊、8刷80万部。開幕後の7月に刊行した『大阪・関西万博ぴあ 完全攻略編』も20万部。担当編集者は「膨大で多岐にわたるコンテンツを知るには、一覧性の高い紙媒体が向いていたのだと思う」。=朝日新聞2025年7月12日掲載