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「満洲国のラジオ放送」書評 独立国で植民地 矛盾集約的に

評者: 間宮陽介 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月22日
満洲国のラジオ放送 著者:代 珂 出版社:論創社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784846018238
発売⽇: 2020/01/17
サイズ: 20cm/342p

満洲国のラジオ放送 [著]代珂

 満洲電信電話株式会社。戦前、日本が「満洲国」に設立した国策放送事業会社である。森繁久弥がアナウンサーとして新京放送局に勤めていたことや、李香蘭(山口淑子)の歌手デビューが奉天放送局であったことはつとに知られている。
 だが、満洲国ラジオ放送は個人の履歴書を彩る一エピソードではあっても、それ自体を主役として追跡する試みはあまりなかった。本書はその空隙(くうげき)を埋める貴重な研究書、ちなみに著者は日本の大学に籍を置く中国人研究者である。
 本書には表と裏の二つの面がある。どのような目的で、いかなる経緯を辿って会社が設立されたか。いかなるシステムを採って放送事業が行われたか。さらに実際の放送内容はどのようなものであったか。これらはいずれも史実に関することであり、その意味で書物の表の面といっていい。文献、関係者の証言、さらには新聞のラジオ番組表、著者は言語上の強みを活かして事細かに史実を追う。
 だがこれら史実の背後に単なるメディア研究を越えた大きな問題意識が隠されている。そもそも満洲国とは何だったのかという問いがそれである。こちらはふだんは本書の裏面に隠れているが、時に応じて顔をのぞかせ、本書の流れに方向性を与える。
 満洲国には国籍法がなく、法的意味での満洲国民はいなかった。放送の目的たる「国民統合」は実は日本人=日本国民を主体とした諸民族の統合である。(満洲国)帝室の尊厳の冒涜・帝制否認などの禁止を定めた放送コードは治安維持法の延長と読める。独立国でありながら植民地という矛盾がラジオ放送に集約的に表れるのである。
 本書は現代の日本に照らすと、妙になまなましい。対外的には民主主義を標榜しながら、対内的には独裁化のすすむ現代の日本と、この矛盾を巧みに糊塗するテレビなどのメディア。本書を読むと、この道はいつか来た道、と思わせる。
    ◇
だい・か 1985年、中国安徽省生まれ。首都大学東京助教(中国文学、メディア文化研究)。同大文学博士。