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実業家兼作家・北野唯我さんが出合った特別な本たち ビジネスの気づき与えてくれた『アルケミスト』

文:井上良太(シーアール)、写真:内田龍

『アルケミスト』はサービス創出やスタートアップの物語?

——北野さんがこれまで出合った、自身にとって特別な本を教えてください。

 パッと浮かぶのは『アルケミスト 夢を旅した少年』(パウロ・コエーリョ・著)、『ピクサー流 創造するちから』(エド・キャットムル、エイミー・ワラス・共著)、『人を動かす』(デール カーネギー・著)です。

——その3つだと、『アルケミスト』だけ、仕事論とかけ離れた本のように思えます。世界的ベストセラーではありますが。ざっくり言えば「スペインの羊飼いの少年サンチャゴが宝を探し求める一生を描いた冒険譚」ですね。

 僕は高校生の時に読んで、もちろん物語としても秀逸ですが、ビジネスパーソンにとっても発見がある本だと感じました。僕は「インスタントな本だけを読んでも、ビジネスパーソンとして特別な存在には、なれない」と考えています。読みやすくて役に立ち、すぐに使えるものがいつの時代も売れるのはよく知っています。でもそうすると得られる効用が誰にとっても同じわけなので、自分を特別な存在にはしてくれない。ですが『アルケミスト』は、内面を見つめたり自分の中で答えを見つけたりしていくストーリーなんですね。ビジネスパーソンにとって、自分の中に答えを見出すのはとても重要なので、そんな共通する部分がすごく印象に残っています。

——答えが明示されておらず、読み手に考えさせる本ということですか。そういう意味では、北野さんの著書も「わかりづらい」という意見がありますよね?

 そういうご意見もいただきますね(笑)。別の取材をお受けした際に「なぜ?」と聞かれたことがあり、その時は「この本を理解しようとしていないからだと思います」とお答えしました。『アルケミスト』にしても、本の中に読み手への問いかけが含まれているため、それに応えよう(理解しよう)としなければさらっと読めてしまう。本質的に、自分と違うものを取り入れるには、理解しようとする気持ちが必要ですよね。なぜなら自分と違うから。直感的に理解できるものというのは、自分と同質かそれに近いものだと思っています。

——非常に興味深い話です。ビジネスとは無縁に思える『アルケミスト』が、ビジネスと関連して捉えられるというところですね。そのほかの2冊についても聞かせてください。

 『人を動かす』については、シンプルに人間としてどうあるべきか、人と人との間に問題が発生するメカニズムや、その解決方法を、極めてわかりやすく書いていると思います。人の信頼を勝ち取るのに最も重要なのは「相手に対して誠実に関心を寄せることである」ということを教わり、リーダーとしての自分にとって、重要な気づきを与えてくれた本です。

 『ピクサー流 創造するちから』は、「創造性」と「スケール」という、普通に考えたら両立し得ないものを両立させようとしたビジネス書としては世界最高峰だと思います。新しいものを作る、イノベーションを生み出すということは、たった一人によってなされると思われがちです。それを、チームによって再現性あるものとして作ることが可能だと証明しているという意味で、凄まじいパワーがあります。アニメーターだと、ジブリの宮崎駿さんやウォルト・ディズニーなど、たった一人にスポットが当たりますが、ピクサーの本ではそうじゃない方法、チームによって再現可能であることを証明しています。

 『アルケミスト』は、新しいものや世の中を驚かせるものは、自分を深く掘り下げて見つけなければ作れないことを教えてくれます。あとは「物語」という観点からも、ビジネスに共通点を見出せると思っています。例えば、日本にはミドリムシを使ったサプリメントを販売するユーグレナという会社があります。ミドリムシは栄養価が高く、繁殖に成功すれば食糧危機の解決にとても役に立つんです。ただ、生物界のピラミッドにおいて最弱なうえ、美味しすぎるがゆえに、繁殖は不可能だと言われていました。でもそれを、ユーグレナの出雲充社長は実現した。それがなぜ世の中に必要で、培養できればどういう世界が待っているかというのはストーリーでしかない。まさに『アルケミスト』の副題である「夢を旅した少年」ですよね。新しいサービスを生み出す人やスタートアップの企業というのも、ある意味で夢を旅する少年なんです。人によって受け取り方が違う『アルケミスト』は、僕にそういった気づきを与えてくれました。

ワンキャリア参画は国家戦略の本を書くため

——大学卒業後は博報堂で働いていた北野さんが、現在のワンキャリアに参画した経緯を聞かせてください。

 2つあります。一つは、日本の経済を回復させるには労働マーケットの問題を解決させないといけないと思ったので、仕事選びを改善できる可能性のある業界がよかった。僕は、すべてのビジネスは世の中の幸せの総量を上げるために存在すると思っていて、日本においては明らかに労働時間の中の幸せ度を改善することが求められている。ミクロな観点で言えば、人が「幸せだな」「楽しいな」と感じられるようにすること。そういう意味で、ゲームなども世の中のためになっていると思いますが、それはあくまで余暇の時間。でも、日本では1日のうち8〜10時間は仕事の時間ですよね。その8〜10時間を改善しない限り、人々が幸せになることはないんです。一つの会社に入ってその会社を改善する方法もありますが、ワンキャリアでHR(Human Resource:人材・人事部・採用)というプラットフォームを変えれば、複数の会社を少しずつよくできると考え参画しました。

 もう一つは、当時のワンキャリアのスタッフ数が10人以下だったからです。

僕は当時、『リー・クアンユー、世界を語る』に代表されるような国家戦略の本を、いずれは書きたいと思ってました。国家戦略というのは貧しい国が豊かになるのをどうやったら加速させられるかがミッションです。何をどのような順序で整えていけば成長を加速させられるのかを解き明かしたい。そして発展途上国のリーダー、すなわち首相や大統領が、就任して最初に手に取るのが僕の本であってほしいというというのが夢なんです。スタートアップで経営を経験するのは、自分がそれを解き明かすためのきっかけになると考えています。

——北野さんはワンキャリアで最高戦略責任者(CSO:Chief Strategy Officer)を務めておられますが、具体的にはどんな役割なのでしょう?

 CSOというのは、一般的には社長が考える、会社の行く末や、全体の方針を決めることをサポートする仕事ですね。マクロとミクロの視点が求められることが多くて、マクロでいうと、社会環境や競合の動き、消費者の行動変容を理解しつつ、ミクロでいうと、社内の人的リソース・予算などを考慮しながら、中期経営計画をつくっていきます。私は、既存事業の収益性を上げるための方法を決めたり、新しい事業の展開をストーリーに落としたりしています。ルーティンワークが少ないことが、特徴でしょうか。

ビジネスパーソンとクリエイターはゲームのルールが違う

——北野さんはビジネスマンである一方で、作家としても活動されています。国家戦略の本を書きたいと思ったのはいつ頃からで、作家活動はその手段という位置付けなのですか?

 自分のパーソナリティは思想家だと思っていて、「世の中がこうあったらうれしい」という思想を明確に持っています。それは、一人ひとりがある程度自分の名前を持って、それなりに楽しく生きられる社会といったことですね。その考えは若い頃からあり、取り組んできましたが国家戦略の本を書きたいと思ったのは26歳ぐらいからです。

——北野さんの著書は、ビジネス本なのに物語の形式をとっていますよね。

 物語形式にこだわり始めたのはここ1〜2年です。理由は2つで、一つは「永久にたいへん」だから(笑)。ある意味で、生き続けるために物語形式を選んだと言えます。

——詳しく教えてもらえますか?

 ビジネスパーソンとクリエイター(作家)は、ゲームのルールが全然違います。ビジネスパーソンや経営者は、うまくいけばいくほどROI(費用対効果)が高くなっていく。ワンキャリアはプロダクトサービスを持っているので、サービスが大きくなるほど、1を投下した時のインパクトが大きくなります。しかも、昨日まで論理的な思考ができていたのに、今日いきなりできなくなることはほぼありません。

 でも、オリジナルのストーリーを作ることは、明日またおもしろいものが書ける保証がないし、なんなら「デビュー作が1番おもしろい問題」もありますよね(笑)。ROIが極めて低いんです。でも、そんな「非効率的な部分」があった方が、人生に飽きないし楽しいと思ったから。ある種のゲーム性ですね。もう一つの側面としては、物語はヒットすれば、国境や年代を超えていく爆発的なパワーを秘めているからです。

ビジネスシーンにエンタメ性を見出す大切さ

——今「ゲーム」と表現されましたが、「労働時間を楽しくするべき」といったように、北野さんからは、ビジネスシーンにもエンタメ性を見出そうという気概を感じます。それは「分断を生むエジソン」など、北野さんの著書にも表れていますよね。

 めちゃくちゃありますね。どんなことにも遊び心を入れる大切さは意識していて、『分断を生むエジソン』の中にもあるし、『天才を殺す凡人』で犬が喋っているのもそうです。それで、Amazonのレビューで「内容に関しては文句なしで星5つ。ただし、犬が微妙なので星3つ」というご意見があったり(笑)。

 ビジネスシーンでは、たいへんなことや、つらいこと悔しいことがたくさんありますよね? 例えば、ある講演で出会った人事担当の人から「退職勧告をするのがすごく嫌」と相談を受けました。人事の業務の一つであるリストラって、多くの人はやりたがらないですよね? 一方で僕の知り合いにいる退職勧告が上手な人事の人は、これまで数千人に勧告してきたけど訴訟まで発展したのは1〜2件。その人は相手に誠実に向き合い、退職金の交渉や、今いる企業でのキャリアプラン、転職先の支援まで考える。すると90%以上の人は前向きに辞めていくそうです。そう考えると、退職勧告というのは実はすごくウィンウィンでやりがいもある。

 ビジネスというのは、何も考えず、何も勉強せずに取り組むとおもしろくないことがたくさんある。でも僕はどんな仕事でも、向き合い方次第で楽しみを見出せると信じているんです。ビジネスシーンにおいても、何かしらの希望を見出したい。だからAmazonのレビューで殴られながらも、エンタメ性はブチ込んでいきたいんですよね(笑)。

——なるほど。自分次第で見える景色が変わるという意味では、挙げてもらった『アルケミスト』と北野さんの著書に意外な共通点が見えました。

 僕のすべての本に共通点するのは、ビジネスパーソンに向けた応援ソングであること。だから「北野さんのファンです」と言っていただくのももちろんですが、『転職の思考法』を読んで転職しました、『分断を生むエジソン』を読んで自分の役割を再確認しました、と言っていただくことの方が100倍うれしいです。それはやっぱり物語というのが、読み手が主人公になれる可能性を秘めているから。応援ソングの素晴らしさもそうですよね?

——北野さんにとって執筆活動はどんな位置付けですか?

 自分の無力さを痛感しながらも、世の中に生かされていることを実感できる行為だと考えています。砂漠や大自然を目の前にした時に、自分がちっぽけな存在に感じるというのはよく言われますが、僕にとって、物語を書くのはそれに近いです。ビジネス書と物語だと、ビジネス書の方が書きやすいと思います。なぜなら、ビジネス書は書く前に答えを知っているから。でも物語は、砂漠に城を作っていくような作業で、全然違ったら崩してを繰り返す。端的に言えば絶望するんですよ(笑)。でもそんな中で、大自然を前にした時のように「なぜ自分はここに立っていられるのか」「自分が誰かによって生かされているからなのか」という気持ちが芽生え、「自分に何ができるのか」を問い直す機会になる。壮大過ぎますかね(笑)。

 それと「いい本の定義」とされる「本を書く中で作者も成長できる」ことも、僕にとって価値があります。書く前にはわからなかった答えが、登場人物とともに悩むことで見つかり、乗り越えていくことで自身が成長する。それは、事業を作り始める前やグロースハックするタイミングなどに自分の無力さを感じつつ、それを乗り越えていく必要がある経営も、同じじゃないかと思いますね。

ビジネスに必要なのは「大スター」でなく「プチスター」

——「国家戦略の本を書きたい」ということはお聞きしましたが、ほかに北野さんが今後やっていきたいことは何ですか?

 ビジネスパーソンとしては、雇用の流動性を高める、人が転職したいと思った時にそれを実現しやすい世界にすることが、HR産業としてやっていきたいこと。成熟産業かつ生産性の低い産業に人がたくさん流れることは、損失が大きいと考えます。選んだ時にそれを選び直す世界も必要で、それはジョブマッチングの産業がやるべきことだと思っているので、ぜひやりたいです。さらに言うと、ビジネスパーソンにとっての希望を、いろんなところで生み出せればいいなと。希望というのは、例えて言うなら「職場など身近な場所にいるプチスター」もその一つです。

 テレビやネットメディアで、仕事を楽しんでいる人を目にすることがありますよね? 僕自身、平日の仕事も土日の執筆活動も好きで、それでお金をもらえて世の中の人からも評価されて「ラッキー!」って思っています。でもそういう話をすると「ほとんどの人がそうじゃない」と言われます。

 仮に若い人が僕の話を聞いて「仕事って楽しいんだ!」と思っても、その希望は次の日に満員電車に乗ったら一瞬にして潰れてしまう。社会には、楽しんでいる人とそうでない人が1対10,000くらいの割合で存在しているので、そうした周囲に影響されるのが理由だと思います。すべての人が楽しく働ける社会を作るのは無理かもしれないけれど、楽しんでいる人とそうでない人の割合を1対50や1対100にできれば、世の中の就労観は変わっていくはずなんです。そしてそのためには、テレビなどを通して目にする大スターでなく、「身近なスター」が必要なのではないでしょうか? 例えば、自分と同じ会社や自分の同期に、好きなことをやって結果を出す「プチスター」を増やす。例えば大きな会社から転職してでも自分のやりたいことを見つけ、楽しんでいる「プチスター」の姿を目にすれば、「自分もそれできるかも」と思うかもしれないですよね? ワンキャリアでは社会にそうした変化を与えたいと考えています。