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作者さこももみさんが語る絵本「さよなら ようちえん」 実在の幼稚園がモデル

文:加治佐志津、写真:家老芳美

我が子が通った幼稚園をモデルに

―― 卒園シーズンに合わせて毎年、増刷がかかる絵本がある。年長組の子どもたちの卒園までの日々を描いた『さよなら ようちえん』(講談社)だ。表紙には手をつないで輪になって空を見上げる、笑顔の子どもたち。モデルとなったのは、作者さこももみさんの子どもたちがかつて通った、広島市内の幼稚園だ。

 卒園がテーマの絵本を作ることになって真っ先に思い浮かべたのが、息子と娘が通っていた幼稚園でした。当時、息子と娘はすでに大学生と高校生でしたが、二人とも幼稚園のことをとてもよく覚えていて、卒園して10年以上経つというのに、時折ふらりと遊びに行くくらい、幼稚園のことが大好きでした。それは、幼稚園の先生方がとても愛情深くて、子どもたちのありのままを受けとめてくれていたからだと思います。

 『さよなら ようちえん』は主人公のななこちゃんだけでなく、個性豊かなお友達を紹介していくような形で、年長さんの1年を描きました。冒頭に出てくる「お弁当がそばにあると、お母さんが一緒にいるみたいで、ちっともさびしくありません」というエピソードは、うちの娘が入園当初、実際に言ったことをもとにしています。全然泣かない子だったので、私の方がさびしくなって「さびしくないの?」と聞いたら、そう言われたんですよ。毎日お弁当を作るのは大変でしたけど、そんな風に思っているならがんばらなきゃ、と感じたのを覚えています。

『さよなら ようちえん』(講談社)より

 七夕祭りのシーンに出てくる、お話があまり上手でない男の子は、うちの子の同級生の障害を持ったお友達のつもりで描きました。その幼稚園は、障害のある子も普通に受け入れていたんです。そういう子を真ん中に据えて保育をすれば大丈夫、という園長先生の考えで、実際子どもたちも自然と仲良くしていました。他にも、プールが苦手な子がいたり、虫に詳しい子がいたり、引っ越してきたばかりのおとなしい子がいたりと、いろんなタイプの子を登場させています。

―― 積み木で町を作った男の子たちのエピソードも印象的だ。もっと大きな町にしたいと思った男の子が「先生、このままにしておいてもいい?」と聞くと、先生は「みんなはどう思う?」と尋ねる。そして、子どもたちの賛同を得て、積み木の町は片付けず続行可能となるのだ。

 「今日はもうおしまい」と片付けたりはせず、どうしたいか子どもたちに考えさせるんです。作品展で作るものも、これを作りなさいと先生が指示するのではなく、何を作りたいかから考えさせる幼稚園でした。意見がまとまるまでに時間はかかるけれど、好きな材料で、自分の思うままに作ることができるので、うちの子たちもとても楽しかったようです。先生方は子どもたちの自発性を大事にしながら、いつもあたたかく見守ってくれていました。

『さよなら ようちえん』扉ラフ。幼稚園の外観は、モデルとなった幼稚園をほぼそのまま描いたという

絵本のイロハは幼稚園で教わった

―― 子どもたちが幼稚園に通っていた頃、絵本作家としてはまだデビューしていなかったさこさん。絵本のイロハを教わったのも、その幼稚園だったと話す。

 息子が入園してすぐの保護者会で、先生が『おおきなかぶ』(福音館書店)を読み聞かせしてくださったんです。先生は読み終えると、「お母さん方、私が今せっかく読んで差し上げたのに、字を見ていませんでしたか」と問いかけました。思い返してみたら、本当だ、絵よりも字ばかりを追っていた、と気づいて。

 先生のお話では、『おおきなかぶ』を子どもたちに読み聞かせすると、ねずみが最後尾に加わって「うんとこしょ どっこいしょ」と引っ張るラストで、子どもたちは、かぶが少し上がっていることに気づくのだそうです。そして、それは字を知らないからだ、と。字がまだ読めないから、絵だけに注目していられるんです。「だから、字を知らない時間というのは、長ければ長いほどいいんですよ」と先生はおっしゃっていました。なるほど、絵本ってそういうものなんだ、とその幼稚園で教わりました。

 絵本の仕事を始めて15年ほど経ちますが、今も私は絵本を作るとき、ラフの段階で編集者さんとお互いに読み合うようにしているんです。読んでもらっているときは字を見ずに、絵だけを隅々までじっくり見ます。お話を耳で聞きながら、子どもの気持ちになって絵を見る、というのは、絵本作りの中では結構大事なことだという気がしますね。読んでもらって初めて発見できることもいろいろとありますから。

―― 『さよなら ようちえん』の制作にあたっては、取材のために久しぶりに幼稚園を訪れた。絵本は、さこさんの子どもたちが通っていた頃の記憶と、改めて取材で得たエピソードを織り交ぜて作り上げていった。

 うちの子たちが卒園してからしばらく経っていたし、幼稚園児ってどういう感じだったかな、というのもあったので、まずは日常の様子を取材させてもらいました。参観日に行くといつもの姿が見られないので、こっそり見させてくださいとお願いして、子どもたちには気づかれないような場所でスケッチさせてもらったんです。子どもたちの仕草や動きがかわいくて、椅子にちょこんと座っている姿とか、泣いてしまった子とか、いろいろとスケッチブックに描き留めました。

『さよなら ようちえん』の取材スケッチとラフ。隅々まで幾度となく推敲を重ねて作り上げた

 卒園式には、編集者さんと二人で取材に伺ったんですが、保護者さんよりも私たちの方が泣いてしまって……(笑)。よその子の卒園式なのに、思わずわが子を見守る母親の気分になってしまったんでしょうね。

 卒園式のあとは、子どもたちが先生方と言葉を交わしてから帰ります。その時間、親は園庭で待っていて、教室の中は先生と子どもたちだけ。取材のときは、その様子も見させていただきました。そのときの園長先生のメッセージがとてもあたたかくて……他の先生は「みんな幼稚園でこんなに楽しく過ごせたんだから、小学校に行っても大丈夫だよ」というようなメッセージを送るんですが、園長先生だけが「私は心配です」っておっしゃるんです。「あなたたちは弱虫だし、泣き虫だし、甘えんぼだし、怒りんぼだし……でも、先生はそんなみんなの全部が大好きだから、これからも恥ずかしがらずに幼稚園に遊びに来てね」と。子どもたちひとりひとりを理解し、愛してくださった先生方に、改めて感謝の気持ちが湧きました。この幼稚園での経験がなければ、『さよなら ようちえん』は描けなかったと思います。

『さよなら ようちえん』(講談社)より

子どもの成長を、野原を駆けるうさぎの姿に重ねて

―― 近作『うさぎでうれしい うさぎはうさぎ』(講談社)では、うららかな春の野原を舞台に、うさぎの親子の一日を描いた。春の匂いに鼻をひくひくさせたり、てんとうむしとにらめっこしたり、ちょうちょを追いかけて高いところから落っこちたりと、元気に駆け回るこうさぎの姿が何とも愛らしい。かあさんうさぎが我が子をやさしく見守る姿からは、『さよなら ようちえん』とも共通する子育て観が垣間見える。

 おなかを空かせたこうさぎが野原で葉っぱを食べるシーンがあるんですけど、かあさんうさぎはこうさぎに、どの葉っぱを食べるべきか教えるのではなく、自分でおいしい葉っぱを見つけるように促します。こうさぎが苦い葉っぱを食べるときも「それは食べちゃだめ」と止めたりせず、苦さもあえて体験させるんです。子どもにはできるだけ、いろんなものに出合わせてあげたいですよね。親はきっかけだけ与えて、あとは自分で経験させるのが一番。そのあたりは昔、幼稚園で教わったこととつながっているなと感じます。

 とんびに怯えて森に逃げ込んだり、森の中でたくさんの動物たちと出会ったり……これは、人間が社会に出ることの象徴でもあります。怖いし、不安や心配でドキドキするけれど、でもみんな受け入れてくれるから大丈夫、という流れで描きました。

『うさぎでうれしい うさぎはうさぎ』(講談社)より

―― ラストは、うさぎの親子が走って帰るシーンが3見開き続く。最初はかあさんうさぎの顔を見ながら後を追いかけていたこうさぎが、次の見開きではまっすぐ前を向いて、かあさんうさぎと並ぶ。そして最後には追い越していく。暮れゆく空とともに描かれた美しい光景だ。

 このシーンは、私自身が子育てで実感したことでもあります。子どもって、小さいうちは本当にお母さんにべったりなんですが、ある日を境にぱっと母親のもとから離れていくんですよ。そんな風に子どもが成長していく様子を、野原を駆けるうさぎの親子の姿に重ね合わせました。

 読む人によっていろんな解釈をしてもらえればと思うので、テキストはどんどん削って、最終的にはかなりシンプルな形になりました。絵からも読み込めるというのは、絵本ならではですよね。子育てを終えて思い出すのは、ごはんを食べている姿とか、寝顔とか、お風呂に入ったときの様子とか、そういう何気ない日常のことばかり。特別なことなんてしなくても、こんな風に一緒に過ごすだけで幸せなんだ……そんな風に感じてもらえたらうれしいです。