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滝沢カレンの「蹴りたい背中」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

春と共にさくらが満開に咲いた爽やかな朝。
ここにも新しく進学した女子がいた。

彼女の名前はハツ。
今年度から晴れて高校生になった。
ハツは名前からしてかなり見たくなるが、彼女にはコンプレックスもあった。

「あ、さくら」

ポツンと通学中に呟くハツ。

桜はハツの通学路を天井のように覆っていた。
ゆっくり歩くハツを、同じ高校であろう生徒たちはグングン抜かして歩いていく。

「おはよー」
「きゃー! 久しぶりー!」
「一緒の高校で嬉しいー」

など桜の下でさまざまな声が混ざり合う。
誰と誰が話しているか分からなくなるほど、周りは散々浮かれていた。

ハツは誰からも話しかけられることなく、ただただ今日からお世話になる高校へ足を動かしていた。

1年A組
白野咲ハツ

「あ、A組。どんなクラスなんだろ」

またもやボソッと呟くハツ。
あっけなく周りの声にかき消されるように。
足取りは重くも軽くもなくA組に向かった。

A組に入ると、浮かれた男や女が騒がしく、机をよそに話し込んだり、黒板前でおっかけっこしたりと、新入生独特の遊びをしていた。

「ここが今日からわたしの・・・・・・クラス(居場所)か」
ハツが教室に入るなり、さっそく暴れん坊坊主のような男子がハツを見るなり目を莫大な大きさにさせた。
まるで美味しい敵を見つけたように・・・・・・。

ハツはわかっていた、こうなることも。

だけどどうだってよかった。

気にしていたって進まない、変わらない、そんな世界を理解したかのように近づいて来る男子を気にする素振りも見せなかった。

「おい、みてみろよー、この肩幅っ!!! 全く顔とお似合いじゃねぇよ!!! どんな生物か詳しく知りたいぜって」
「うわ! 本当だな! たくましすぎて、逆に羨ましいわっ! なんだよ、ある意味強敵だぞー!」

(そうかそうか、好きに言えばいいさ)
ハツは内心ブレないことを呟いた。

そう、ハツは肩幅が1mもある女子だったのだ。
小学生頃からみるみる発達するハツの肩幅はどの研究者も下向き加減になるほどの出来だった。

でも慣れていた。

驚かれることも、ギョロりと見られることも。

ハツは自分の長所だと思っていたのだ。

「おい、名前なんていうんだよっ」
「白野咲ハツ」
「ハツか。お前すげえな! そんなでっかい背中手に入れてみたいよ」
「ぜってぇ、どんな生物より強いぜっ!」
「いいなーっ」

男子達はあからさまに茶化しているがなんとも気にしないハツ。

「ありがとう」
一言ただ吐き捨てるように表情も変えないハツ。

ハツは明らかに1年A組で誰よりも存在感を出し続けていた。
椅子の背もたれより遥かに肩が広くでっぱなしだ。
なんなら、机よりも肩幅のが広いため、ハツの横を通り過ぎる生徒はみな肩に一旦ぶつかっていた。

昼休み、その驚異をもたらす肩幅に驚いた女子だがハツに話しかけてきた。
「ハツちゃんだよね? 本当におっきな背中だね。でもハツちゃんめちゃくちゃお顔が小さく見えるよ」
「うんうん。本当よね! 肩幅があるから私たちよりすっごく小顔に見えるよっ」

ハツは初めてそんなことを言われたもんだから少し嬉しかった。

「え? 本当? そんなこと言われたの初めてだよ。ありがとう」
「本当だよー! これから同じクラスだしよろしくね♪ わたしはミキ!」
「私はユイナ。よろしくー♪ 男子から何言われても気にしちゃダメだよ、馬鹿ばっかなんだからさ」
「うん。よろしく。ありがとうね!」

ハツは高校初日にまさか友達ができるなんて思っていなかった。
嬉しくて嬉しくてたまらない。
莫大な肩幅が嬉しさで震えた。

ハツの高校生活はこうして始まった。

......

時が過ぎ、なんの変化もなくあっという間に5月の体育祭の季節がきた。
責任感を持たせる為か、それぞれの役割を決めてみんな放課後も残って準備をした。
ハツは、ミキとユイナと同じく応援ポスター作りに就任した。

放課後、空いた教室の窓際で春の風を感じながら3人は応援ポスターに彩りをつけていた。
「ねぇねぇ、ミキは好きな男子できた?」
ユイナが「頑張ろう」の横に付くタヌキに色を塗りながら語りかけた。

「えー! まぁまぁ。てかいるよ」
「まじー! まだ一ヶ月なのにやるねぇ」

ハツも思わず、「好きな男子、同じクラス?」と質問した。
「うん。そーだよ。ほら、アイツ」と、席を立ち校庭を見下ろすように窓際に立った。
うっとりした目でリレーの練習をしている男子を眺めていた。

「え? だれ? どれ?」
ユイナがよこに立ちグイグイ聞いた。

ハツも気になりが止まらず、周りに肩幅を気にしながら横に立った。
「えっあいつ・・・・・・?」
ハツは目を細めて聞いた。

「そう、穂高たくみ」
「穂高くんかー! まぁかっこいいね。足も速いし」

ハツはムッとした顔をした。
「あいつかぁ(私は苦手だけど)」
胸の中で呟いた。

そう穂高たくみは、ハツが入学初日に一番に肩幅をいじってきた男子だ。
一番の暴れん坊坊主みたいなやつだ。
あの日から、穂高のことはずっとずっと苦手だったが、親友のミキが好きなら協力しなくては、と少し進まない気持ちもあった。

「だからさ、みんな協力してよね♪」とあからさまに明るいミキが2人に照れ笑いしながら協力を求めた。
「もちろんだよー! なんでも言って」とやけに明るいユイナ。

「うん! わたしも協力するよ!」
ハツもつられてへんな笑顔と共に肩幅を使って深呼吸した。

それからというもの、穂高のやんちゃグループとミキたちのグループとよく放課後遊ぶようになった。
ハツは穂高たちと遊ぶたんびに、肩幅を茶化された。

「おい! ハツー! 横通りたいのにこれじゃ回転ドアじゃねぇか!」
「は? うるさい、穂高」
「いや俺の手を伸ばしてもたりねぇぜ」

穂高とハツは相変わらず喧嘩をしている。
ミキは穂高を意識しすぎて、話せていないし、ユイナはミキにピッタリくっつくもんだから、どうしたって穂高に絡まれるハツだった。

穂高がいじってくるたびに、ハツは右の肩幅で穂高を攻撃した。
ケラケラ楽しそうに笑う穂高が、これまたむかつくのだ。

「穂高、あんたもう16歳なんだから私の肩幅で笑ってるひまあんなら男磨きしなさいよ」とミキへの協力も兼ねて強めに放った。
「俺は男なんて磨くよりお前のその強烈な肩幅みて笑ってたいだよーだ」と、またバカを言っていた。
「バカじゃないの? わたしの肩幅みて笑ってるより、さっさと彼女でも作って、彼女笑わしてやんなさいよっ」とムキになるハツ。

すると穂高は一瞬にして顔色を変えた。
「いらねーよ、そんなの。肩幅だけでかいからって好き勝手言ってヨォ。だまっとけ」と吐き捨てると、穂高はダッシュで帰ってしまった。

「あ」
思わず、声がこぼれるハツ。
貴重なミキと穂高の放課後時間だったのに、ハツは自分のせいで穂高のスイッチを入れてしまい反省した。

「ミキ。ごめんっ、わたしが余計なことを」
「全然! 穂高とハツ喧嘩してるのみるのおもろかったし。なんか2人なんだかんだ仲良しだよね」
ミキは全く嫌味たらしくなくサラッと言った。

「わかるわかる。なんか兄弟みたいな家族みたいなさ。自然な仲だよね」
ユイナも賛同した。

「いやいやいやいや、ないないないない!! 穂高って私の肩幅いじりしたいだけだし」とハツは左右に出っ張りきった肩幅を頷きながら見渡した。
(にしても穂高なんであんなに怒ったんだろ。バッカみたい)とさりげなく思ったハツだった。

その夜。

ハツが肩幅を精一杯丸めて宿題をしていたとき。

ピーンポーン
チャイムが鳴った。

「こんな夜にだれだろ」
ハツは実家が北海道にあるため、一人暮らしだった。

「はーい」と肩幅が邪魔なため斜めに玄関をあけると、目の前には穂高がいた。
「穂高。何よこんな時間に。迷惑極まりないっつーの」とハツが横目で話す。

すると穂高は少し照れたように「いや、ま、まぁ。ひるまは悪かったな。急に帰ったりして。ミキやユイナは大丈夫だったか?」
「まぁびっくりしたけど、だいたいは大丈夫だよ。え? まさかそれだけ?」
ハツがブハっと笑うように言った。

「いや。違う」
「じゃあなに?」
「あのさすぐそこの、エビマル公園いかないか? ちょっと話そうぜ」と穂高はハツをすぐ目の前の公園にとおびき出した。

「何よ。まだ5月だから夜は少し寒いね。さっさとして」
ハツが驚異の肩幅をこれでもかと縮こませ寒さをしのいだ。

「あのさ、昼にお前さ。言ったじゃん。肩幅みて笑ってる暇あんなら彼女つくれ、みたい・・・・・・」
「ぁぁ。うん。それが?」
ハツは興味なさそうにエビマル公園のブランコの銅の剥がれをむしりながら片手間に話を聞いていた。

「俺さ。ハツ。お前が好きなんだよ」
「うん、そっかぁ。それで?・・・・・・あっ・・・・・・えっ?!!?」

一瞬空気が止まった。

適当に聞き流してたもんだから、適当な返事をしてからハツは気づいた。

自分への告白だと。

ハツはびっくりしすぎて思わず穂高から目が話せなかった。
「はぁ!? なにいってんのよ!」
ハツは冷静につっこんだ。

「俺さ、黙ってたけど、好きなタイプで、お前が。俺ってさ人にないもの持ってる奴が本当に魅力的だなって思うんだ」
「わたしのなにに魅力感じたのよ」
「いやそりゃ・・・・・・どの扉もギリギリを作ってしまうお前の肩幅だよ」
「本気なの?」

「うん。まじで本気」
「で、でも。あんたはわたしよりミキのがお似合いだよ」
無理矢理ミキの名前をぶち込む自分に少しむりを感じたハツ。

「なんでミキなんだよ。そりゃかわいけどさ。ただかわいじゃなんかちげーんだよ」
「本当あんたはアホだなぁ。私なんか好きになってさ」
「そのハツの背中にもう夢中なんだよ」

大真面目な顔で発言する。

「あんたそれ以上言ったら背中蹴るよ」とハツが耐えきれなくなり思わず感情剥き出しになる。
「でも、本当なんだから、仕方ないだろー。俺の方こそ蹴りたいよ。お前の背中。好きで好きでたまらないから」
「バカ」と、ハツは赤面してしまう。

「あんた明日からも普通にしてよね」とハツは続けた。
「いや、明日からは今までよりもっともっと仲良くなれるっしょ。ハツ!」
「まぁ、それも悪くないか。仲良くしよ」

「明日からもまたその背中見れるなんて俺は嬉しいぜっ」
「ったくまた言ったなー、本当に穂高、あんたの背中蹴るよ?」
「勘弁してくれよまじで(笑)」

2人の笑い声は夜空に包まれた。

絵:岡田千晶

それから2人は付き合うといったこともなく、仲を深めていった。
ミキはハツと穂高を応援するようになり、穂高は相変わらずハツの肩幅に興味津々であった。
その都度、ハツは穂高の背中を蹴るぞーと追いかける毎日だった。

ハツの初恋も始まり、ハツのコンプレックスだった肩幅にも自信がつき、ちょっと人と違ったハツだったが、楽しい高校生活を送ることになる。

人と違うことは、もはやその人の魅力なのかもしれない。

気付けなかったハツ。
気付かせてくれた穂高。

2人がいつか結ばれますように。

おわり。

(編集部より)本当はこんな物語です! 

 陸上部の高校1年生、長谷川初実(ハツ)はクラスの「余り者」。授業の班分けではあぶれ、弁当は一人で食べ、部活動でも話し相手はいません。あえて孤立を選んでいる彼女ですが、クラスのもう一人の余り者「にな川」のことが妙に気になります。周囲から完全に浮いているのに、自らの立場を気にするわけでもなく、授業中に女性ファッション誌をこっそり眺めている男子。そんなにな川から、ハツは部屋に招待されます。にな川が夢中になっているモデル・オリチャンを、ハツが街で見かけたと知り、くわしく話を聞きたいというのです。

 思春期の男女が同じ部屋に!と読者が期待するような展開は全くありません。ハツそっちのけでオリチャンの魅力をまくしたて、彼女のラジオ番組を聴き始めたにな川に対して、ハツは思います。

 この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい……(実際に蹴るのですが)。

 カレンさん版のハツと違い、2人の男女の仲は全く近づきません。ハツに背中を向け続けるにな川を、恋心があるでもなく、憎らしいわけでもなく、蹴りたい。そんな奇妙なハツの感情はまさに「青春」そのものです。でも「青春小説」というにはあまりにもユニークなこの作品で、綿矢りささんは芥川賞を史上最年少(19歳)で受賞しました。150万部を超えて売れ続けている平成のベストセラーです。