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「江南の発展 南宋まで」 海上帝国までのダイナミックな道 朝日新聞書評から

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2020年03月14日
江南の発展 南宋まで (岩波新書 新赤版 シリーズ中国の歴史) 著者:丸橋 充拓 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004318057
発売⽇: 2020/01/23
サイズ: 18cm/192,18p

江南の発展 南宋まで(シリーズ 中国の歴史②) [著]丸橋充拓

 本書は「シリーズ中国の歴史」(全5巻)の第2巻である。このシリーズは中国を、草原、中原(華北)、江南、海域の四つの区域に分けて論じる。中国は「東南アジア(海域世界)の北部」と「内陸アジア(草原世界)の東部」が出会う場所なのだ。この広い中国が統一されたのは、わずか4回。中華帝国の模範となる諸制度「古典国制」ができた秦漢、唐、大元ウルス、清朝である。このような大きな見取り図のもとに、従来の「時代輪切りの編成」から離れて各巻が置かれている。とてもよく考え練られた構成だ。本書は、1万年ほど前の長江中下流域の稲作の起源から筆を起こし、モンゴル帝国前夜までの「海の中国」を俯瞰する。第1巻「中華の成立」では、すべての人々が皇帝とだけ君臣関係を結ぶ「一君万民」の古典国制の成立が論じられたが、古典国制の外縁にあたる江南が六朝から隋唐にかけていかに古典国制を継承し経済を起動させ海上帝国(南宋)への道を歩んだかがダイナミックに語られる。
 著者は、西方もしくは北方に拠点を構え古典国制を掲げて一君万民を貫こうとする中華帝国の「国づくりの論理」に、東方や南方の「人つなぎの論理」である「幇(ほう)の関係」を対峙させる。とてもユニークな発想だ。中華帝国は行政の機能が極小化された小さな政府であり人々の日常にはほとんど関心がない。つまり「専制と放任が並存する社会」なのだ。他方、中間団体にあたる村やギルドの力が弱いので人々は幇の関係における自力救済に頼るしかない。また日本や西洋は嫡長子単独相続・世襲的身分制度により居処・生業が固定された社会的流動性の低い社会であるが、中国は「昇官発財(官僚になれば経済力も文化力も総取りできる)」の門戸は広く開かれているものの家産均分慣行や身分の非世襲化など下降圧力も強く、居処・生業規制も弱いので社会的流動性が高い社会となる。
 北宋の時代になると江南の生産力が高まり、商品経済の発展と相まって中国の人口が初めて1億人を突破した。(それまでのピークは前漢末期と唐代中期の6千万人)。8世紀半ばに45%だった南方の人口は11世紀後半には65%に上昇した。官僚や募兵など非生産人口を多く抱える北方は南方の経済力に依存するようになる。「海の中国」は呉の孫権に始まるが、南宋は海域諸国に朝貢させ彼らとの通商で稼いで海軍力を国防の柱とした。その上にマルコ・ポーロを驚嘆させた杭州の繁栄があった。最新の学問的成果もふんだんに織り込まれており、とても面白い。本シリーズが完結した時、中国史はどのような新たな相貌を見せてくれるのだろうか。期待が持てる。
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まるはし・みつひろ 1969年生まれ。島根大教授(中国隋唐史)。著書に『唐代北辺財政の研究』など。共著に『多民族社会の軍事統治 出土史料が語る中国古代』『中国経済史』『中国の歴史 上』など。