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大矢博子さんが薦める新刊文庫3冊 浮かび上がる新しい宮本武蔵像

大矢博子が薦める文庫この新刊!

  1. 『敵の名は、宮本武蔵』 木下昌輝著 角川文庫 748円
  2. 『銀の猫』 朝井まかて著 文春文庫 792円
  3. 『花唄の頃へ くらまし屋稼業』 今村翔吾著 ハルキ文庫 726円

 (1)無類の強さを誇った剣豪、宮本武蔵。その武蔵に負けた者たちの視点で描かれた連作である。有馬喜兵衛、クサリ鎌のシシド、京の名門道場主・吉岡憲法、そしてあの小次郎など錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。

 個々のドラマの深みに加え、そこから浮かび上がる新しい武蔵像が最大の読みどころ。有名だが史実ではないエピソードを排したり逆手にとったりして、壮大なフィクションに昇華している。後半の仕掛けと小次郎戦の新解釈に瞠目(どうもく)。

 (2)一言で表すなら江戸の訪問介護士物語。老人の介抱専門の奉公をしているお咲の目を通して、様々な年寄りと、事情を抱えた各家族の様子を描き出す。

 どんな症状の相手でも誠意を込めて介護にあたるお咲だが、自分の親とは仲が悪いというのがミソ。また「孝」が重んじられた当時の社会では当主が親を看(み)るのが当然で、武士には介護休暇もあったという江戸の介護事情には驚かされた。だが、介護する側とされる側の悩みは今と同じ。それぞれのドラマをあたたかく描いた人情小説だ。

 (3)何らかの事情でここから逃げたいと願う人を、神隠しのように鮮やかに逃がす裏稼業「くらまし屋」シリーズの第六弾である。

 悪事を重ねてきた旗本の次男が、復讐(ふくしゅう)に怯(おび)えてくらまし屋を頼ってきた。だが敵の手はすぐそこに……。

 知略ありアクションあり人情あり。依頼人を「くらませる」様々なテクニックと、そこにまつわるドラマを、巻ごとに異なる味わいで楽しませてくれる。一巻からどうぞ。=朝日新聞2020年3月14日掲載