ISBN: 9784087211115
発売⽇: 2020/02/17
サイズ: 18cm/749p
証言 沖縄スパイ戦史 [著]三上智恵
75年前のちょうど今頃、沖縄本島北部の山中で、米軍にゲリラ戦を挑んだ少年兵たちがいた。10代なかばの彼ら護郷隊(ごきょうたい)の被害は、同年配のひめゆり学徒隊や鉄血勤皇隊に比べてずっと埋もれてきた。この「秘密戦」を、生存者への長年の聞き取りのすえ、映画にした監督が、上映後の追跡取材を大幅に盛り込んで本書を完成させた。
読者はまず、元隊員の生々しい証言にのみこまれ、方向感覚を失うかもしれない。だが二十人余の肉声が重なり合うとき、幼なじみの死にも無感覚になっていく壮絶な戦場が浮かびあがる。いま柔和な「おじい」たちは、解凍された少年の記憶そのままに軍隊の格好良さを懐かしむと思えば、「基地があるが故にそこに戦争が起こる」と言い放つ。整序されないその語りにこそ、耳を傾けたい。
意外にも、元隊員は戦場へ駆り出した隊長に今も憧れる。本書の中盤では、陸軍中野学校出身の2人の青年将校の一生を追い、その謎に迫る。少年兵や家族にとり、隊長は当然責任を負う立場だ。しかし2人の戦後の身の処し方を知った著者は、いわば大学生の年齢で千人近い高校生の生死を任される無謀さを押しつけた国家の暴力にも目を凝らすよう注意を促す。
その視線は、日本軍の住民虐殺を掘り起こし、加害者の実像と彼らに協力した戦時下の沖縄社会を透視する後半で鋭さを増す。特攻艇の将兵を支えた女性のドンデン返しの証言や男性社会の「沖縄戦証言のゆがみ」をめぐる考察は、従来の研究の弱点も衝いている。
住民をスパイ視した果ての悲劇は、沖縄への差別が主因とされてきた。しかし、あれは沖縄だから起こったので、「自分たちは大丈夫」という想定は、沖縄よりさらに貧弱な備えで遊撃戦の訓練を進めていた本土決戦の実態を無視する「深刻な勘違い」にすぎない。
少年兵、青年将校、在郷軍人、敗残兵、地域指導者、住民、そして遺族。それぞれの目線による断片的な記憶を、地道な取材で復元して見えてきた「秘密戦」の全体像。その本質は、国を守るはずの戦法が、故郷を破壊させ、密告を奨励し、「住民同士の殺し合い」にたどりつく矛盾だ。当事者や遺族の固い沈黙は、友を見捨てて生還した負い目や、被害者と加害者が隣人として暮らし続ける苦しみを戦後も強いられたからだった。
これではまるで内戦だ。冷戦終結後、世界中の幾多の内戦を目にしてきた。だが75年前、それはすでに沖縄で起き、しかもこの列島全体で準備されていた。そこから地続きにある今に目をつぶり、「強い軍隊に守ってもらいたい」という幻想に、いつまでしがみつくのか。著者の、その澄んだ怒りと警告に、ぜひふれてほしい。
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みかみ・ちえ ジャーナリスト、映画監督。テレビ局でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。フリーになり、映画「標的の島 風かたか」などを発表。大矢英代氏との共同監督作品に「沖縄スパイ戦史」。