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仕事旅行社・田中翼さん 仕事迷子を卒業した先輩が説く「働くコンパスを手に入れる」方法

文:小沼理 写真:斎藤大輔

いろんな仕事観に触れ、自分の働き方を見直す

――田中さんはなぜ、今のお仕事を始めようと思ったのでしょうか

 もともとは資産運用の会社で働いていたのですが、5年ほど経った頃「自分はこのままで良いのかな」と考えるようになりました。本当に自分がやりたいことって何なんだろうと思い、その手がかりを探すために色々な会社を訪問するようになったんです。

 訪問したのは、とあるイベントで知り合った人がいる会社や、たまたま縁があったカフェなどさまざまです。インターンのようなことをやらせてもらうこともあれば、その職業についてお話を聞かせてもらうだけのこともありました。

 いろんな会社をめぐる中で、仕事へのスタンスや考え方はこんなにも異なるんだな、ということを知りました。当時の僕が働いていた会社は「仕事はつらいからこそお金がもらえる」という雰囲気で、僕もスーツを着て朝から晩まで黙って働くのが仕事なんだと思い込んでいたんです。ところが、ある夏の時期に訪問したベンチャー企業では、短パンで出勤する人や、鼻歌を歌いながら働いている人がいて。仕事ってこんなに楽しくやってもいいんだと気づいて、僕ももっと自由に働きたいと思うようになりました。

 僕自身がそうだったように、色んな仕事観に触れると、自分の働き方を見直すきっかけになります。この体験を、仕事について悩んでいる人に広く提供できないかと思い、2011年に「仕事旅行社」を立ち上げました。

――「仕事旅行社」の業務内容を教えてください

 社会人向けの職業体験サービス「仕事旅行」を提供しています。花屋やカフェ店員、編集者など、さまざまな職業を実際にやってみたり、その仕事のプロフェッショナルのお話を聞いたりする体験を通じて、働くことへの新たな視点や学びを得てもらうサービスです。

 現時点で体験できる業種は170種類以上、累計の参加者は3万人ほど。体験されるのは20代後半から30代の会社員の方が多いですが、最近はセカンドキャリアを見据えた40代、50代以降の方も増えてきました。興味ある業種を一度だけ体験する方もいれば、まさに旅行するように、さまざまな業種を体験する方もいますよ。

「仕事迷子」が増えている

――自分の働き方に悩んでいる人は、そんなに増えているのでしょうか

 理由はいくつかありますが、社会的な状況によるものが大きいと思います。

 仕事旅行のサービスを開始した2011年は、東日本大震災が起きた直後でした。当時は経済が停滞し、今まで特に意識せず目の前の仕事に打ち込めていた人たちが「自分らしい生き方」を考えるトレンドがありました。短期的な経済状況に左右されながら、現在もこの流れは継続しています。

 国内の人口減少や、世界的な環境問題といった社会問題を背景に、「自分らしく働く」「人と人とのつながりを大事に、地域で生きていく」といった働き方を求める人が増えていますよね。目の前の仕事をひたすらこなして給料を上げていくのではなくて、自分の内面に目を向ける生き方を模索するようになっている。その模索の中で、「自分に向いている仕事がわからない」「今の仕事のキャリアの将来が見通せない」といった不安を抱える人も増えているのではないでしょうか。

――『働くコンパスを手に入れる』では「旅の誌上体験」と銘打って、仕事旅行の内容を本を読みながら体験できるようになっていますね

 仕事旅行が提供しているのは体験型のプログラムですが、参加するのが難しい方もいると思います。都内で開催されるものであれば、地方の方が参加するハードルはどうしても高くなってしまいますし。もちろん体験にも来ていただきたいですが、来るのが難しい人でも、本を読むことでそれに近い体験ができるのではないかと思い、この本を書きました。

 今回は仕事旅行社が定義している『自分から動き、「好き」を形にするチカラ』、『しなやかに発想し、価値を生み出すチカラ』といった6つのカテゴリに沿って、11人の方にお話をうかがっています。

――花屋、銭湯の店主のように身近なものから、探偵、ぬいぐるみの旅行代理店など、一風変わった職種の方も登場していました

 さまざまな業種の方を入れたいと考えていました。あとは単純に、仕事をすごく楽しそうにやっているなと思う人たちに声をかけましたね。

――仕事のことだけでなく、子ども時代のお話もたくさん聞いていましたね

「この人は私と違うすごい人なんだ」ではなくて、「自分にもできるかもしれない」と思ってもらいたかったので、子どもの頃のことや、その仕事に至るまでの小さな選択についても書くようにしましたね。

 価値観の積み重ねがその人の今の仕事につながっているので、話を聞く上で過去の経験は重要だと思っていました。それから、現在のその人の話を聞いただけでは、読者にとって雲の上の存在のように感じてしまうのではないかとも考えました。

 他の人の仕事観を知ることも刺激的ですが、それ以上に重要なのは、他人と自分の仕事観を比較して、相対化して自分の視点で見てみることです。「ちょっと自分には向いていないかな」と思うことでも、自分の仕事観を知る手がかりになるはず。読者が自分ごととして考えながら読める本にしたいと考えて、ご登場いただいた方には成功体験だけではなく、失敗談もたくさん語っていただいています。

仕事の固定観念にとらわれている人に

――この本はどんな人に届いてほしいですか?

 自分らしく「働く」を諦めてしまっている人、でしょうか。仕事旅行をしていて多いのが、「自分のやりたいことがわからない」という相談なんです。収入や安定性などで仕事を選んでいて、自分が何をやりたいのかなんて考えたこともなかった、という人が多くいます。

 仕事への固定観念にとらわれすぎて苦しい思いをしている人にも読んでいただきたいです。働き方が多様化したと言われる現代でも、「転職はするけど業種は変えずに続けていくべき」とか、かつての僕のように「仕事はつらいもの」だと思い込んでしまっている人は少なくありません。そういう人たちに、「仕事ってもっと自由に楽しくできるんだよ」というメッセージが伝わってほしいですね。

――新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、自分の仕事を考え直す人も多いかもしれません

 そうですね。自分らしい仕事を模索するお手伝いができたらと考えています。

――最後に、今、仕事に悩んでいる人にメッセージをお願いします

 小さくてもいいので、まずは自分なりのアクションを起こしてみてください。頭の中でただ考えていても答えは出てこないので、インプットが重要です。セミナーに足を運んでみるでも、本を読んでみるでも構いません。新しい情報を知り、自分がどんなことを感じているのか考えることが、最初の一歩になると思います。