二月、コロナ騒動が大事になる前に取材でチリに行き、ノーベル賞詩人パブロ・ネルーダの足跡を追って、細長いチリを北から南まで旅しました。
ネルーダは食いしん坊で彼の家があるイスラ・ネグラではソウル・フードの「カルディージョ・デ・コングリオ」(アナゴのスープ)を食べました。濃厚なスープは深い味わいでしたが、サンチャゴのメルカド(市場)で食べた焼いたコングリオも白身ながら質感があり絶品でした。
魚市場と店が隣接し「エリセ(ウニ)はありますか?」と聞くと「ちょっと待ってね」と言い、五分後に「今日のウニは最高だよ」と答えてくれる。山盛りのウニを白ワインのミニボトルでちびちびやりながら、魚が焼き上がるのを待つのは至福の時間でした。でもアナゴとは少し違う味だなと思っていたら昔、料理店をやっていた現地ガイドさんが面白い事実を教えてくれました。コングリオは米国ではキングと呼ばれる深海魚でアナゴとまったく別種です。バブルの頃日本に輸入された時は「アマダイ」の代用品として売られていたのだそうです。
チリの食事は安くて美味(おい)しく肉と魚が絶品です。野菜も新鮮で美味しい。要はなんでも旨(うま)い(笑)。しかも安い。
肉の巨大な塊は「マリポーサ」という焼き方で頼みます。スペイン語で「蝶(ちょう)」の意味で、大きな肉を開いて焼く様が蝶のようでそう呼ぶらしい。
世界遺産「チロエの教会群」を見学した時は「アホ(ニンニク)祭り」に遭遇し、コルデロ(子羊)のアサード(焼肉)、鶏のカスエラ(野菜スープ)の出店が並び、白ワインのボトルと合わせ総額二千円少々。肉は軟らかくて旨い(こればっかり・笑)。チジャンという街の広場では露天商の兄ちゃんが売っていた緑の葡萄(ぶどう)は大きな袋に十房入って百五十円。当然購入し旅の間、もしゃもしゃと食べていました。
帰国後、日本のスーパーで再会したら、ひと房の半分が五百円でした。
食べてばかりと思いきやさに非(あら)ず。ネルーダの反骨精神も学びました。彼は独裁政権に異を唱え逃亡生活を余儀なくされました。今の日本のメディアは政権に忖度(そんたく)することが大変多く、私も最近、検察と政権を批判したエッセーをボツにされました。独裁下の言論弾圧状態ですが市民は無自覚です。そんな状況では飯が不味(まず)いので、ボツにされようとトンデモ政権を批判する文章を書き続けようと思っています。
ラテンアメリカの物語を描いていて、黙っていると独裁者は図に乗り、米国に従属し、市民の生活を侵食して戦争へと導くということを実感した私は、ひとりでも多くの人に気づいてほしいと願っています。
声を上げることが重要なのです。=朝日新聞2020年4月25日掲載