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「#」でつながる本好きの輪 SNSで拡散する読書系ハッシュタグ

「#本棚リレー」に投稿された三宅香帆さんの本棚

#本棚リレー 本との偶然の出会いをWEB上に作る

「みんなの本棚が見てみたい!#本棚リレー 始めました」

 4月10日、兵庫県明石市にある出版社ライツ社代表の大塚啓志郎さんは、Twitterでつぶやいた。同社は大塚さんを含む4人で2016年に創業した出版社。3月末に書店休業の情報が入り始めた際には、「街の書店がやってる通販サイトまとめ」を作成し、noteに掲載。大きな反応があり、大塚さんは「今、書店に行きたい人がたくさんいるんだ」と感じた。そこで始めたのが「#本棚リレー」だ。

 「本屋さんに行く人って本との偶然の出会いを求めている人が多い。閉店してしまうと、通販で本は買えても、偶然の出会いはなくなってしまう。その出会いをウェブ上に作りたいと思いました。TL(タイムライン)上にいろんな人の本棚が並んだらどうだろう、って」

 バトンは、趣旨に賛同した書評家の三宅香帆さん、京都の書店・恵文社の鎌田裕樹さん、『しないことリスト』(大和書房)の著者phaさん、ライター菊池良さんなど次々と渡っていき、沖縄在住の芸人で人気YouTuberのせやろがいおじさんにまで届いた。

 「とんでもないところまで広がりました。せやろがいおじさんの本棚はまだ見れてないですけど(笑)。人の本棚って、みんなも見たいものなんですね。いろんな人の本棚を眺めて、気になる本と出会えたらいいなと思います。その本を、また書店で買ってもらえたら嬉しい」

#芋づる式読書MAP 休校の子どもたちにという書店の声

 昨年末頃からSNS上で見かける芋がつながる図。よく見ると、芋の中には本のタイトルが書き込まれている。

岩波新書編集部が作った芋づる。さまざまな出版社の本がつながる。同社HPからダウンロード可能

 「芋づる式読書MAP」(以下、芋づる。ダウンロードはコチラから)と名付けられたこの図を考案したのは、岩波新書。元々、昨年11月からフェア協力書店に置き始めた販促ツールだった。図の中の四角い囲みが親芋(岩波新書)。親芋から、同社も含むさまざまな出版社の芋(本)に蔓がつながっていく。この本を読んだら次はこれを読むといいですよ、と案内する読書世界地図だ。

 当初は、編集部や著者、書店員が作っていた。やがて、自分でも作ってみたいという声が届くようになり、白MAPを岩波新書HPで入手できるようにすると、自作の芋づるがSNSに投稿されていった。

 多くの小中高校が休校に入るなか、「子ども向けの芋づるを作ってほしい」という書店員の声が、岩波新書編集部に届くようになった。編集部の中山永基さんら社内の有志により、中高生向けと小学生向け2種類の芋づるを作成し、Twitterで投稿した。続いて、新入社員向け、新大学生向けの芋づるも。

 「芋づるの楽しさは、書店の棚の楽しさなんです」と中山さんは語る。

 「元々、芋づるは書店に足を運んでもらうために作ったものです。書店に行くのは楽しいよ、と伝えたかった。書店の棚って、店ごとに個性があって、その店の本の並べ方次第で、新しい本の存在に気づく。芋づるも同じです。すべての書店さんがまた元通り営業できるようになるまで、芋づるを通して書籍の魅力を発信していきたい。それが、自社商品を売るということを超えて、出版業界全体のためになればと思っています」

#こういうときこそ本を読もう 不安をのりこえる指針を得る

岩波文庫編集部公式Twitterの3月31日の投稿

#こういうときこそ本を読もう 
厳しい現実に押しつぶされそうなとき、読書によって世界の違う見方もできるはず。
1) いまどんな本を読んでいますか? 
2) こんな時に支えになる本は何ですか?
外出を控え、家にこもり本を読みふける時間を互いに支え合っていきませんか。
#書を抱き家にこもろう

 こんな問いかけをツイッターに投稿した岩波文庫編集部(当時)の清水愛理さんに理由をたずねると、最初に返ってきたのがこんな一言だ。
「読書って不要不急ですよね」

 「外出の自粛が始まり、誰もが閉塞感を感じていく中でした。本を出版する、という不要不急の存在である私たちに何ができるのか。外に出ていくだけが活動ではない、家の中でじっと本を読むことも広い世界に接する豊かな精神的活動ではないか、と思ったのです」

 岩波文庫の著者や訳者、詩人の伊藤比呂美さんや荒川洋治さんなども含めたさまざまな人が回答を投稿。「#こういうときこそ本を読もう」のタグをたどると、Twitter上でこれらの人々が輪になって本の話をしているかのようだった。

 「こんな時に支えになる本は何ですか?」という問いかけへの回答を見ると、稲垣足穂『天体嗜好症: 一千一秒物語』や、夏目漱石『夢十夜』など幻想的なものをあげる人や、井伏鱒二『川釣り』など、自然の中での楽しみを本の中に求める人も。

「読書は、現実からの逃避という側面も大きいと思うのです。現実がいやなものだとしても、本を読むことで別の世界に行き、自分の置かれている状況をひとしきり忘れることができる。そうやって精神的健康をとり戻すことはよくあると思うのです。それだけではなく、本を読み、今の世界、不安、判断基準といったものが唯一絶対ではないと知り、いま置かれている状況をむやみに恐れなくていい、と知ることにもなるだろうと思います」

#書を捨てず町へ出るな 自分を構成してきたものを見つめ直す

シャープ株式会社公式Twitterの3月27日の投稿

 3月27日、フォロワー数80万人を超えるシャープ株式会社公式Twitterの運営者、通称シャープさんは、こうつぶやいた。

「書を捨てず、町へ出るな」

 ここから「#書を捨てず町へ出るな」のハッシュタグが広がった。 

 シャープさんはどういう思いで投稿したのか。マスク生産と殺到する注文の対応に追われているさなかの同社におそるおそる問い合わせると、大好きな本のことだからと、意外と早く文書で回答をいただいた。

 冒頭のフレーズは、在宅勤務が始まった際、反射的に浮かんだ。もちろん、寺山修司の「書を捨てよ、町へ出よう」のもじりだ。投稿してからほどなく、「なにを読むかも、あわせて表明すべきだ」と考えたシャープさんは、「武田百合子『富士日記』#書を捨てず町へ出るな」と投稿した。昔から日記文学が好きなシャープさんが一番好きな作品だ。

 「日記文学は、私でないだれかの日常を追体験するようなところがあります。おそらくウイルス禍は私たちに、それまでの日常に復帰することを許さず、別の日常をこれから歩むことを強いるのだろう、という予感もありました。もし別の日常を歩まざるをえないのであれば、まずは本の中で別のだれかの日常を体験するのもいいだろう、と」

シャープさんが寄稿している、6月5日発売予定の同人誌「異人と同人Ⅱ 雨は五分後にやんで 」

 シャープさんは、各所で文章を発表していることでも知られる。同人誌「異人と同人」のほか、「シャープさんの寸評恐れ入ります」というウェブ連載も。この連載で掲載された「不安を心配に変換したい」は、想像力で不安を乗り越える必要を伝え、大きな反響を呼んだ。

 「少なくとも過去のだれかの文章や本によって、いまの私があります。書店も一時閉店を余儀なくされる中、本に救われた私のような人間は本に恩返しするきっかけとして、日ごろ読書と縁遠い人には本を手に取るきっかけとして、できるだけ前向きに機能すればいいなと思い、ツイートした次第です」

 今、これから、本を読む意義について、シャープさんはどう考えているのだろう。

 「先が見えない世界に突入した今、しきりと未来を語ろうとする人はたくさんいます。ただ私は、未来が見通せない現在なら、いま一度過去を静かに見てみたいと思う人間です。ぽっかりできた現在を、自分を構成してきたものを見つめ直す機会にする。それには読書という行為ほどうってつけなものはない、と私は考えます。」