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「ピュア」書評 男を捕食して「産めよ戦えよ」!?

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年06月13日
ピュア 著者:小野美由紀 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152099358
発売⽇: 2020/04/16
サイズ: 20cm/219p

ピュア [著]小野美由紀

 遠い未来。
 人口が激減した人類は環境に適応するため遺伝子を操作した。その結果、女だけが牙と鱗(うろこ)を持つ2メートルの強靱な身体へと進化。〈強い性〉として強大な権力を手に入れた。
 戦争に行くことと子どもを産むことが女の仕事だ。彼女たちは妊娠するため定期的に男を狩る。男を襲って、捕らえ、性交した後で〈喰(く)う〉のである。
 女が男を捕食することで妊娠する――これが表題作「ピュア」の世界だ。官能的でグロテスク、なのにどこかコミカルな語りは吸引力抜群。だがその底には鋭い批判精神が覗く。
 女が肉体的にも社会的にも圧倒的な強さを獲得したこの設定は、一見、現代社会を逆転させた風刺のように見える。だが女が産む性であることは変わらない。産むことが賞賛され、さらに戦争という役割を担い、その両立が女性の理想的な生き方として押しつけられる。女も男も決められた枠にはめられるという点で、本編は現実の逆ではなくデフォルメなのである。
 主人公のユミは、そんな社会の重圧に疑問を抱き、異端視されようとも自分の生き方を貫こうとする。
 本書には他に、親友が性転換して男になったという「バースデー」、月人と地球人の女性同士の交流を描く「To the Moon」、父と娘の関係をテーマにした「幻胎」、そして表題作の世界を捕食される男性の視点から描いた「エイジ」が収録されている。
 共通するのは、生きづらさの中で境界を飛び越える姿だ。男女の境界だけではない。同性同士の関係から親子、果ては人外(じんがい)との関係まで、枠を打ち破り、個として相手を理解しようとする意志だ。そして何より、自らの欲望を〈抑え込まなくていい〉という肯定だ。
 あり得ない設定を使うことで、逆にリアルが色濃く浮かび上がる。ifの世界を描くSFというジャンルの強みを存分に生かした、刺戟的な作品集である。
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おの・みゆき 1985年生まれ。文筆家。著書に『傷口から人生。』『人生に疲れたらスペイン巡礼』など。