1. HOME
  2. コラム
  3. 朝宮運河のホラーワールド渉猟
  4. 怪談シーズンのお供に この夏のホラーな課題図書4選!

怪談シーズンのお供に この夏のホラーな課題図書4選!

文:朝宮運河

 怪談シーズンもいよいよ本番。目下書店には多くの怪談・ホラー本が並んでいるが、今回はそれらの中から独断と偏見で選んだ〈この夏の課題図書4選〉を紹介してみたい。

 まず福澤徹三、糸柳寿昭『忌み地 弐 怪談社奇聞録』(講談社文庫)から。タイトルの〈怪談社〉とは、怪談実話をトークライブや書籍で発表している団体の名称だ。本書は同社の中心メンバーである糸柳寿昭と上間月貴が各地で蒐集した怪談を、小説家の福澤徹三が取材時の模様を交えて書き起こしたルポ風の怪談集。
 仏壇の前で猛烈な風の音がしたという話、自衛隊員が訓練中に得体の知れない叫び声を聞いたという話など、冒頭から怖いエピソードが並ぶ。怪談作家としても長いキャリアを誇る福澤徹三だけに、迫力ある怪異描写は折り紙つきだ。映画のプレデターそっくりの存在を目撃した、というような断片的な挿話であっても、具体的な取材プロセスが描かれることで、生々しい怪異譚に生まれ変わっているのが面白い。
 沖縄の井戸にまつわる怪談のように、聞き込みを重ねても望んだ取材成果が得られない場合も多いのだが、逆にふとしたきっかけから意外な怪談を掘り当てることもある。知られざる怪談取材のリアルに触れられるのも、本書の醍醐味だろう。近年やや飽和状態にあった怪談実話ジャンルに新風を吹きこむ試みとして、今後に注目していきたい。

 『事故物件怪談 恐い間取り2』(二見書房)は、芸人・松原タニシが事故物件に住み続けた経験を綴り、ベストセラーとなったノンフィクションの続編。これまで著者が暮らしてきた10軒の事故物件を中心に、全国に実在するいわくつきの家・建物を、間取り図(これが怖い!)付きで紹介している。
 深淵を覗くような怖さは前作同様。地元でも有名な沖縄の幽霊マンション、ある女性芸人を呪縛するピエロの絵画など迫力あるエピソードも含まれており、一気読みするのがためらわれるほどだ。
 不謹慎になりがちな題材をエンターテインメントとして成立させているのは、死者も生者も分け隔てなく受け入れる著者の人柄によるところが大きいだろう。「忌み嫌わず、過剰に悼まず」というポリシーのもと綴られた事故物件怪談は、恐怖にさまざまな感情がブレンドされており、類書にないテイストを作りあげている。

 藤野可織の新刊『来世の記憶』(KADOKAWA)は、怪談・ホラーの愛好家としても知られる著者のダークな嗜好がよく表れた短編集。
 少女たちの間で冷蔵庫での睡眠が流行する「れいぞうこ」、世界中のピアノが人間に逆襲し始める「ピアノ・トランスフォーマー」、人類の18パーセントが突如パスタになって崩れ落ちる「スパゲティ禍」。初期スティーヴン・キングを彷彿とさせるような異様なシチュエーションと、それを読者に納得させてしまうマジカルな語りが素晴らしい。「切手占い殺人事件」「怪獣を虐待する」(タイトル通りの内容である)といったヘンなアイデアを、優れた現代小説として執筆できる作家はそういないだろう。
 全20編に共通するのは世界への抜きがたい怯えや違和感だが、それらの感情を笑い飛ばすようなしなやかなユーモアも共存しており、結果として奇妙奇天烈としか呼びようのない短編に仕上がっている。とりわけホラー度が高いのは、親友との電話が徐々に不穏さを増してゆく「時間ある?」。親友の部屋の描写にはゾッとさせられた。

 『祭火小夜の再会』(角川ホラー文庫)は、日本ホラー小説大賞出身の新鋭・秋竹サラダによる連作短編集。中学3年の浦沢圭香は、植物園で起こったある不気味な事件をきっかけに、怪異に詳しい同級生・祭火小夜と親しくなってゆく。小夜の過去を描いたデビュー作『祭火小夜の後悔』の続編だが、こちらから読んでもまったく問題はない。あやしげな種子や人間の前を歩くものなどオリジナリティあふれる怪異の数々が、圭香と読者をアンバランスゾーンに誘う。
 怪しい蛇が登場する第1話の秘密が、最終話において明かされる構成も卓抜。やや荒削りであったデビュー作と比べても、リーダビリティが格段に増しているのが頼もしい。お盆中の怪異を描いたエピソードも含まれているので、夏休みの読書にはぴったりだろう。怖くて哀切な学園ホラーの秀作である。

 コロナ禍の影響で、例年に比べて怪談イベントが減少傾向にある今夏。この〈課題図書〉4冊を入り口に、活字のホラーワールドで楽しんでいただければ幸いだ。