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三津田信三「そこに無い家に呼ばれる」書評 名手が挑む、物件ホラーの新機軸

文:朝宮運河

 先日、『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』というホラーアンソロジーをちくま文庫より刊行した。幽霊屋敷や事故物件など、怖い家にまつわる11編のホラーを収録した作品集だが、同書の解説において「今日もっとも意欲的に物件ホラーに取り組んでいる作家」と紹介したのが、ミステリとホラーの両ジャンルで活躍する三津田信三である。
 新作『そこに無い家に呼ばれる』(中央公論新社)も、著者の十八番である物件ホラー長編。幽霊屋敷ものの新機軸に挑むシリーズの第3弾だ。
 複数の手記が不気味な符合を示す『どこの家にも怖いものはいる』、いわくつきの家ばかりを繋ぎ合わせた凶宅が登場する『わざと忌み家を建てて棲む』に続いて著者が描いたのは、“家そのものの幽霊”。一般に幽霊屋敷とは、誰かの霊が土地や建物に取り憑いたもの。しかしそもそも家自体が幽霊だったとしたら? 海原を漂う幽霊船のように、現れては消える建築物があるとしたら? 物件ホラーの裏表を知り尽くした著者ならではの卓抜なコンセプトに、心惹かれないホラー好きはいないだろう。

 物語の語り手はシリーズ前2作同様、小説家の三津田信三。ホラーや怪談に精通する彼は、同好の士である若手編集者・三間坂から、“家の幽霊”について記された三つの文書を手渡される。それらは怪異譚のコレクターだった三間坂の亡き祖父が、封印したうえで箱に収めていたものだという。古いノートに記された「新社会人の報告」、封筒に収められた「自分宛ての私信」、加除式ファイルに綴じられた「精神科医の記録」。書き手も執筆年代も異なるらしい三つの奇妙な文書を、三津田は読み進めてゆくが……。
 映画の世界には、何らかの事情で埋もれていた映像を発掘した、という体裁の「ファウンド・フッテージもの」と呼ばれる一群の作品がある。その呼び名に倣うなら、三間坂家秘蔵の文書が公開される本シリーズは「ファウンド・ドキュメント(文書)もの」だろうか。著者自身が登場すること、実在する人名・社名が多数織りまぜられていることもあって、ノンフィクション風の生々しさを漂わせる。

 「新社会人の報告」は姉夫婦の急な転居にともない、新興住宅地の一軒家に住むことになった青年が記したもの。ある夜、遅い時間に帰宅した彼は、隣の空き地に見慣れぬ家が建っているのに気がつく。しかも翌朝になるとその家は忽然と消え失せていた。
 一定の条件下でのみ現れる幻の家、という異様なシチュエーションもさることながら、その家にじわじわと取り込まれてゆく青年の心理と、常軌を逸した家の内部を描いた箇所がとにかく怖い。ショートケーキや漢字の羅列、解剖図など、印象的な小道具によって構成される不条理な恐怖シーンは、まさに著者の独壇場。この家に漂う薄気味悪さは、『どこの家にも怖いものはいる』の異次元屋敷、『わざと忌み家を建てて棲む』の烏合邸に勝るとも劣らないだろう。本書を読み終えた晩、珍しく悪夢にうなされてしまったことをこっそり告白しておく。

 三つの文書の間には、三津田と三間坂の意見交換が描かれる「幕間」と題されたパートが挿入されている。マニアックなホラー談義を交えつつ、文書に描かれている怪異の正体を見極めてゆくこのパートも、本作の大きな読みどころ。シリーズ前2作では、複数の怪異の意外なリンクが明かされていたが、今回はやや違った形の仕掛けが用意されている。凝りに凝った趣向を味わいつくすために、できればシリーズ三部作の一気読みをおすすめしたい。
 いくつもの偶然を誘発し、現実を侵蝕しながら広がり続ける幽霊屋敷の怪。三津田や三間坂のみならず、読者もその影響から逃れることはできない。ラスト数ページのおぞましい展開には、思わず「自分が今読んでいるのは小説なのか、実話なのか」と自問自答してしまうはず。シリーズのひと区切りにふさわしい、邪悪な気配に満ち満ちた作品である。

 松原タニシ原作の映画「事故物件 恐い間取り」の公開が控え、Netflixオリジナルドラマ「呪怨 呪いの家」の配信がスタートした2020年。本書『そこに無い家に呼ばれる』は、そんな“物件ホラーの夏”の決定打ともいえる一作である。当分はステイホームを余儀なくされる状況下、幻の家の呼び声に耳を傾けてみてはいかがだろうか。