一応お題としては「二十歳になる前に大好きだったもの」だから、こういうところに書くほど思い入れがあって大好きな本といえば、やっぱり児童書かな、となる。
第二回で書いたとおり私はおてんばで、家に帰ると母が慌てて玄関前に新聞紙を敷き、その上をそっと歩きながらまっすぐ風呂場へ直行、頭を洗うと砂だの小石だのがたんまり出てくる子どもだったが、なんだかんだで絵本や児童書も読んでいた。それでも読書家の母と姉からすると私は読んでない方で、もっと本に夢中になってほしいと願った母が見繕ってきたのが、ロアルド・ダール『ぼくのつくった魔法のくすり』だった。
主人公のジョージには〝グランマ〟おばあちゃんがいる。これがまたすこぶる意地悪で、がりがりに痩せた体を猫背に丸め、孫のやることなすことケチをつけ、自分は魔女でお前なんか消してやれるんだ、とまで言う。これが単なるからかいならいいがそういうわけでもなく、割とマジで孫をいじめている。ジョージはグランマをこらしめて、もうちょっと性格のいい人にしようと企て、自分で薬を作ってしまう。家中のシャンプーだのダニ取り剤だの口紅だのなんだのかんだのごった煮して、飲ませてしまうのだ。
……今読むとかなりまずい。これは倫理的にどうなんだろう……まあ、児童書だし、絶対に真似してはいけませんの注釈付きで……とにかく子どもの「悪いやつをやっつけたい」「魔法の薬を作って世界をよくしたい。こんなこと思いつくなんて、ひょっとして天才なんじゃないかな」の願望を叶えてくれる物語なのだ。
私は子どもの機嫌を取る大人も子どもや動物をいじめる大人も嫌いだったし、お行儀のいい児童書には居心地の悪さを感じて、本の扉をなかなか開けられずにいた。でもロアルド・ダールが書く物語は違う。まるで、巨大で自由自在に遊べる砂場を本の中に用意して、お節介を焼こうとする大人を近づけないよう見張り、それでいて自由や正義や善を教え、自分には生きる力があると信じさせてくれるような。
はじめて読んだ時7歳だった私はまんまと母の策にはまり、それから『いじわる夫婦が消えちゃった!』『魔女がいっぱい』『マチルダはちいさな大天才』『チョコレート工場の秘密』『おばけ桃の冒険』『オ・ヤサシ巨人BFG』『父さんギツネバンザイ』『ぼくらは世界一の名コンビ』などを立て続けに読んだ。そのおかげで本への抵抗が消え、もっとたくさん読めるようになり、C.S.ルイスやミヒャエル・エンデなどなどとも出会えた。
ロアルド・ダールには感謝しかなく、2016年の冬、自分の本が売れたお金で生まれて初めての海外に出る時、選んだ先はイギリスで、同行の友人にダールの美術館とお墓があるグレート・ミッセンデンへ行きたいと頼んだ。
美術館には子どもが大勢いて、全然気取ってなくて、プレイルームも良い感じに散らかってぐちゃぐちゃなクレヨン絵が残っていて、おおらかだった。そして少し先にある小高い丘の上の墓地には、オ・ヤサシ巨人BFG――ダール自身だったと言われている大男の足跡がかたどられ、静かなお墓の上にはたくさんの可愛らしい花が飾ってあった。私は日本から来たこと、あなたのおかげで作家になったことを下手くそな英語で書いた手紙を置いてきた。生きているうちにやりたかったことのひとつにチェックを入れられた。