山田航が薦める文庫この新刊!
- 『詩歌の待ち伏せ』 北村薫著 ちくま文庫 1320円
- 『対訳 ランボー詩集 フランス詩人選』(1) 中地義和編 岩波文庫 1122円
- 『おらおらでひとりいぐも』 若竹千佐子著 河出文庫 693円
(1)はミステリ作家による詩歌の読書指南書。古今東西の詩歌が登場し、博覧強記ぶりを感じさせるが、旧来の名詩選の常連のような作品はほとんど入っていない。昭和30年代の小学生の詩「じ」(そのものずばり痔〈じ〉のことである)、高知県の詩人・大川宣純(のぶずみ)の土佐弁の詩「てんごう」、阪急ブレーブスのエースだった山田久志を詠んだ吉岡生夫の短歌。いずれもマイナーな部類に属する作品たちだが、日常生活の隣で「待ち伏せ」をして市井の人々の感情を突き動かす。言葉への感度を高めるトレーニング本としての効果も大きい。入手困難な詩集を八方手を尽くしてでも読もうとするビブリオマニアの収集記録としての側面もあり、そこに着目するのも楽しい。
(2)はフランス詩人選の第一弾となる、アルチュール・ランボーの対訳詩集。中原中也に影響を与えたことがよくわかる、不良の魅力に満ちた詩だ。対訳なので原詩の押韻などがわかりやすく、解説では詩句の形式も細かく説明されている。
(3)は2017年下半期の芥川賞受賞作。夫に先立たれ子どもとも疎遠となり、回想と空想の世界に浸り始める70代の老女が主人公だが、老人問題は別段テーマではない。標準語と東北方言が混交し、現在と過去、現実と幻想の区別も混沌(こんとん)としてゆくこの小説は、徹頭徹尾「文体」のみを主題に書かれている。部分的には、完全に「方言詩」としか読めないくだりもある。内容はいたって明朗で元気な小説だが、ここで追求されているのは日本語表現の可能性そのものだ。=朝日新聞2020年8月8日掲載