1. HOME
  2. インタビュー
  3. おうちで本を読もう
  4. 「ホスト万葉集」選者・俵万智さんインタビュー 愛や恋が渦巻く2020年の「サラダ記念日」

「ホスト万葉集」選者・俵万智さんインタビュー 愛や恋が渦巻く2020年の「サラダ記念日」

文:朴順梨

ホストと短歌は相性がいい

――俵さんが『ホスト万葉集』に選者として参加したきっかけを教えてください。

 2019年に歌人の小佐野彈さんから「ホストを集めた歌会の選者をしているんだけど、俵さんも仲間にならない?」とお誘いを頂いて。それを聞いてすぐに面白そうだなと思って、「ホストが歌を作るなら関わりたいです」と言いました。

 どうしてそう思ったかというと、ひとつは短歌の王道中の王道は、恋愛や愛の歌だから。ホストは恋愛をある種、職業にしている人たちなので、きっとバラエティに富んだ素材を持っているだろうと思いました。また彼らが日頃、SNSやLINEを活用して営業していると聞いて「短い言葉で思いを伝えてコミュニケーションを取っている人たちだから、短歌と相性がいいのではないか」と思ったんです。

嘘の夢 嘘の関係 嘘の酒 こんな源氏名 サヨナライツカ(手塚マキ)
――『ホスト万葉集』

 あとは歌会を主宰している手塚マキさんが、ホストという職業に誇りを持っていて、後輩の教育に熱心だったこともあります。手塚さんは「ホストは見た目だけではなくて、文学的な素養も必要。ホストたるもの短歌ぐらい詠めないと」と、後輩たちに本を勧めています。その思いに共感して、ぜひホストの皆さんも短歌に触れて欲しいと思い、引き受けました。

――今回は小佐野彈さん、野口あや子さんとともに900首から約300首をセレクトしていますが、選んだ基準は何ですか?

 歌会での採点を全部リセットして、再度選者がそれぞれ〇を付けたものから厳選しています。歌に思いがこもっていることは必須ですが、本を出すにあたって「1人の架空のホストが歌舞伎町に来て、ホストの世界に徐々に慣れていく」という構成を考えていたので、それに沿うものを選んだというのはあります。だからページをめくっていくたびに、だんだん短歌もうまくなっていて。短歌をテーマにした、1人のホストの成長物語にできたのではないかと思っています。

喜怒哀楽が詰まっている

――これまでホストには、どんなイメージを持っていましたか?

 すごく昔の話ですが、作家の中村うさぎさんがホストにハマっていた時代に一度、ホストクラブに連れてってもらったことがあるんですけど、きらびやかさに圧倒されて帰ってきたという、経験にもならない経験があるぐらいで。だからイメージを持つほどの情報はありませんでした。私はお酒を飲むのが好きなのですが、気心の知れた少人数で飲むことに満足しているので、ホストクラブに行こうとは思いませんでした。

 でも連れていってもらった時はとても楽しかったです。すごい額のお金が行き交う世界だなとは思いましたが(笑)。

――ホストの歌は、俵さんにはどう映りましたか?

 彼らならではの世界を垣間見る面白さもあったし、普遍的な愛の姿というか、悩んだり嬉しかったりの喜怒哀楽が詰まっているという意味では、すごく素晴らしいと思いました。

「ごめんね」と泣かせて俺は何様だ 誰の一位に俺はなるんだ(手塚マキ)
――『ホスト万葉集』

 私はこの歌が好きなんですけど、普通の恋愛だったら、1人の女性の1位になればいいわけですよね。でも彼らは、なるべく多くの人の1位になることを目指しているので、普通の恋愛とは様相が違います。

 でも全部が作りものの疑似恋愛というわけではなく、言ってみればアイドルと応援するファンの関係に近いと思うんです。応援することで1位にしてあげたいからお金を使うという、「推し」の感覚に近いというか。その人がいることで元気になったり楽しくなれたりするのが、コンサートなのかホストクラブなのかという違いはありますが、ホストたちもお客さんに感謝しているのは事実です。だから嘘っぱちの作り物とは言いきれない、心の声がすごく伝わってきました。

歌にならない言葉なんてない

シャンコする姿がカッコイイなんて言うなら 君が入れればいいじゃん(詠み人知らず)――『ホスト万葉集』

――ホスト業界用語もたくさん出てくるので、俵さんにとっても初めて聞く言葉が結構あったと思います。

 ありました、ありました! 「シャンコ」(シャンパンを注文した際のマイク・パフォーマンス「シャンパンコール」の略)とか「ラスソン」(その日一番売り上げが良かったホストが、閉店前にカラオケを歌う「ラストソング」の略)とか、用語自体がすごく新鮮でした。短歌にとっても新しい言葉が使われるというのはとても良いことだし、彼らの語彙の豊富さというか面白さは独特でした。

 短歌はリズムを大事にした方がいいんですけれど、5.7.5.7.7の原則を守っていればOKで、歌にならない言葉というものはありません。だから彼らには、日頃からとにかくたくさん作ることが大事だとアドバイスをしていました。最初はリズムが難しかったり窮屈に思ったりするかもしれないけれど、付き合っていくうちに短歌のほうが打ち解けてくれるようになります。そうなったらしめたものだし、最初からうまい人はどの世界にもいません。だから場数を踏むことが、とても大事なんです。

歌舞伎町 東洋一の繁華街 不要不急に殺される街(江川冬依)
――『ホスト万葉集』

――このコロナ禍の中、ホストはネガティブな意味で注目を集めています。

 物事や人をひとつの記号でくくることは、危ういことだと思います。そういう意味でこの歌集は逆をいっているというか、「ホスト」という記号ではくくれない、喜んだり悲しんだりふられたりしている1人の人間の心模様が描かれています。だから「ホストクラブ」って聞いて敬遠しちゃいそうな人に、ぜひ読んでもらいたいです。

「嫁さんになれよ」だなんて ディボンカバー1本で言ってしまっていいの(詠み人知らず)
――『ホスト万葉集』

――しかし『ホスト万葉集』って、すごいパワーワードですね(笑)

 最初は『ホスト百人一首』って言っていたんですけれど、100首じゃとても収まりきらなかったんです。「元号が令和になった時に、万葉集が注目されたよね」っていう雑談の中から生まれました。小佐野彈さんが最初に言い出したのですが、ピッタリだなって思いました。

 「サラダ」に「記念日」、「ホスト」に「万葉集」と、それぞれ遠くにある言葉がくっついた時の衝撃というか、一緒にはあまりならないものをくっつけたことで、すごくわくわく感のあるタイトルになったと思います。

短歌も喜んでいると思う

――俵さんが思う、良い短歌とはどういうものですか?

 それはすごく難しい質問ですね……。自分が作った歌がどういう運命をたどるのが一番幸せかと考えると、誰かの心に住み着いて、折に触れて思い出してもらえるものが幸せな歌だと思うんです。短歌って短いからまるごと覚えられるし、たった31文字しかないからこそ、個人ではなく皆で思いを共有するのに優れていると思います。

――短歌を詠むにはたくさん言葉を知っていて、それを誰よりも使いこなせないとならない、というイメージがあります

 ヨーロッパなどでは「選ばれしものが詩人になれる」という暗黙の了解がありますが、短歌は誰でも詠めるのが特徴です。私は海外で短歌の紹介をする際にはいつも、新聞の歌壇欄を使っています。どの新聞にも短歌のコーナーがあって、さまざまな人の投稿が掲載されていますよね? 短歌は1000年以上前から脈々と続いている、歌人以外でも気軽に作れる、開かれた文学なんですよ。

――歌会を通して、ホスト達も詠み手として成長している実感がありますか?

 詠むことを続けているとリズムがつかめるようになるので、自分の詠みたい場面をパッとつかまえられるようになります。そういう巧みさを身に着けたなって人は何人もいて、彼らも短歌にハマってるという様子が見てとれます。1人でコツコツ作るよりも皆の前で詠んで感想を聞けたりすると刺激になるので、歌会という場も良いのかもしれません。

「コロナだし」行かない理由を探してた 嘘でもなくて本当でもない(霖太郎)
――『ホスト万葉集』

 実際、短歌も喜んでいると思うんです。だって70人以上のホストに詠まれたことは、短歌史上ないことなので。短歌界にとっても彼らの存在は、良い刺激になると思います。

――「イケメンじゃないと短歌を詠んではいけない」なんてことはないですよね?

 もちろんですとも! 心のイケメンなら誰でも詠めますよ。短歌という表現手段を相棒に持てることは、生きることを豊かにすること。だからこの本を読んで、始めてみてもいいと思います。日々の時間がどんどん過ぎていく中で歌を詠むと、立ち止まって自分を振り返ることが出来るんです。

 だから彼らにも私は「出版はゴールではなくてスタート。本が出ても続けていきましょう」と言いました。これからもずっと、詠み続けて欲しいと願っています。