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「三体Ⅱ 黒暗森林」 最新科学が光る壮大なSF叙事詩 朝日新聞書評から

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2020年08月22日
三体 2 黒暗森林 上 著者:劉 慈欣 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152099488
発売⽇: 2020/06/18
サイズ: 20cm/335p

三体 2 黒暗森林 下 著者:劉 慈欣 出版社:早川書房 ジャンル:小説

ISBN: 9784152099495
発売⽇: 2020/06/18
サイズ: 20cm/348p

三体Ⅱ 黒暗森林(上・下) [著]劉慈欣

 全世界で累計二千九百万部以上という驚異的ベストセラーとなった中国のSF三部作『三体』の第二作の待望の邦訳である。
 互いに重力を及ぼし合う二重連星は安定な楕円(だえん)運動を行うが、星の数が三になった途端、状況は一変する。一般解が存在しないのみならず、ほとんどの系は不安定で予測不能なカオス的振る舞いを示すのだ。これが古典力学における三体問題で、三百年以上にわたり多くの天文学者・数学者を魅了し続けてきた(破滅的な結末に至る危険を承知で三角関係に陥る人間が絶えない事実と同じかも)。
 太陽系からもっとも近い恒星であるケンタウルス座アルファ星は、実は三重連星だ。もしその三体系に高度な知的文明を宿す惑星が存在しているならば……。それが『三体』の出発点である。
 この発想自体はとりたてて目新しいわけではない。しかし、三体問題の予測不可能性、最新宇宙論データ、ナノテクノロジー、サイバー空間と現実世界の錯綜(さくそう)、多次元空間と量子もつれ等々、(SFとして許容できる範囲で)最先端物理学の知見を駆使して、壮大な叙事詩のごとく積み上げたスケールの大きさと入念に張り巡らされた伏線には圧倒される。
 地球文明の存在を知った三体人は、自らの存亡をかけ地球を滅ぼすべく艦隊を派遣する。今から約四世紀後にその三体艦隊が地球に到着することを知った国連惑星防衛理事会が面壁計画(ウォールフェイサープロジェクト)を決断するところから第二作が始まる。
 地球に比べて圧倒的に優位な科学・技術レベルを誇る三体人の弱点は「嘘がつけない」ことだ。互いの思考が直接読み取れる三体人にとって、口先と真意が異なる地球人は理解不能なのだ(言われてみれば反省すべきである)。
 これを利用して、実際の防衛戦略を頭の中だけに隠し、味方に対してすら偽装と欺瞞(ぎまん)を駆使して三体人の侵略から地球を守るのが、選ばれた四人の面壁者の使命である。そのため彼らは理事会にすら一切説明せずとも強大な権限と資源を付与され、終末決戦の時点まで冬眠することも認められる。
 面壁者四人がいかなる戦略を考え出し、果たして三体人から地球を守ることができるのか。異なる文明は敵対せざるを得ないのかとの普遍的な問いも浮かんでくる。
 物理学の知識がないとやや難解な第一作とは異なり、気軽に楽しめるエンタメ的要素も満載だ。最後にはどんでん返しも準備されているので乞うご期待。とはいえ背景の理解には、やはり第一作を読んでおくことが必須だろう。
 SFにおける最先端の科学技術の舞台を欧米ではなく中国に設定しても何ら違和感のない時代となったことも思い知らされた。
    ◇
Liu Cixin 1963年、中国山西省生まれ。発電所でエンジニアとして働くかたわらSF小説を執筆。『三体』が2014年に英訳されるとアジア人としては初めて、SF最大の賞ヒューゴー賞を受賞した。