知っているようで知らない、シロツメクサの生態
―― 絵本の題材としてシロツメクサを選んだのはなぜですか。
シロツメクサって、どこにでもいる植物なんですよね。絵本では、誰でも知っていて、どこでも見つかる植物を取り上げたいと思っていたので、シロツメクサはうってつけでした。
さらにシロツメクサは、よく知られているわりには、実は知られていないことがたくさんあるんですよ。花をよく見ると、小さな花の集合体になっていることや、実ができて、中から種が出てくることなど、大人でも知らない意外な点が多いんです。そんなところが、絵本の題材としてもいいなと思いました。
―― 鈴木さんが開催している植物観察会でも、シロツメクサをよく取り上げるそうですね。
シロツメクサは多年草で、一年中葉っぱをつけたまま過ごすので、春夏秋冬、いつでも観察できるんですね。だから観察会でも毎回のように取り上げています。
花が咲いていない時期には、クローバーの話。シロツメクサは別名のクローバーと呼ばれることが多いという話や、カタバミとクローバーの葉っぱの比較をしたりします。植物は形を見るということがとても大事で、種類によって形がきちんと定まっているんですね。だから形の違いをなんとなく見分けるのではなく、「カタバミはハート、シロツメクサは丸」と言葉にしておくと、植物を見分けやすくなります。
花が咲いている時期には、花を観察します。まず全体をぱっと見てから、今度はぐーっと近づいて観察してみると、シロツメクサは小さな花の集合体なんだと気づきます。小さな花のひとつをじっくり見ると、ちょうちょみたいな形をしているんですが、これは多くのマメ科の植物に共通の形なんですね。知っていれば実を見なくても、シロツメクサはマメ科だとわかります。
実がなっている時期に観察会があれば、実際に実を手に取って、「ほら、マメだったでしょう?」という話ができます。
―― 植物観察会での鉄板ネタを絵本にされたわけですね。
そうですね。ただ、絵本作りは僕にとって初めての試みだったので、よく知っているシロツメクサのこととはいえ、絵本にするのは本当に難しかったです。
―― どんなところに難しさを感じましたか。
植物って静かなんですよね。虫や鳥が相手であれば、飛んだり跳ねたり鳴いたりと、何かしらの動きで向こう側からアピールしてくれるじゃないですか。子ども向けの植物観察会でも、子どもたちはダンゴムシやアリ、テントウムシなどの生き物をすぐに見つけて、気持ちがそっちに向かってしまうんですよね。
でも植物は根っこを下ろしたら移動しないので、向こうから「こっちを見て!」と働きかけてはくれません。動かない相手を題材に、飽きずに見られる絵本にするためには、こちら側から積極的に働きかけるしかない。シロツメクサに働きかけるように読める絵本にしたいけれど、そのためにはどんな展開にしたらいいのか、そこがとても大事だなと思いましたし、苦労した点でもあります。
これまで一般書だと200ページ以上のものを作ってきたので、ページ数だけで考えると32ページの絵本は大したことなく聞こえるんですが、『シロツメクサはともだち』は、今まで僕が手がけた本の中で一番大変でした。
自分の目で見て、手で触れて確かめて
―― シロツメクサから「わたしたちのこと、ほんとうに、よく知ってる?」と聞かれ、「もちろん知ってるよ。クローバーともいうよね。まんまるの花も、おなじみだし」と答えて……そんなシロツメクサとの会話を楽しむような文章が魅力的です。
これは絵本だからこんな表現にしたと思われるかもしれませんが、実は僕自身がいつもこういう感じで植物と触れ合っているんですよ。もちろん、こんな風に声に出しているわけではないんですけど、植物は自分から近づいていかないとこちらに微笑んでくれないので、こんな風に絶えず会話しながら、植物と対峙しているんです。
そういう意味で、この絵本は僕の友達紹介みたいなものだと思っていて。僕が友達とどういう風に付き合っているのかを見てもらいたい、というつもりで作った絵本です。
―― ジャンルとしては、いわゆる科学絵本に分類されるのかもしれませんが、やさしい語り口や本のデザインも含め、学習絵本ならではの硬さが感じられないのもこの絵本の特徴ですよね。お話の絵本と同じような感覚で読めるところが、親しみやすくていいなと思いました。
僕自身は、科学絵本を作ったつもりはないんですよ。もちろん、植物学として間違ったことは書かないようにしていますし、科学絵本の面白さもよくわかっているんですけどね。
科学絵本は客観主義に基づいて、誰が見てもそうなるという事実が書かれていることが多いように感じます。でも僕は、そこまで客観的に植物を見てほしいわけではなくて、むしろもっと主観的に植物を見てほしいと思っているんです。この絵本は、僕が主観的に見るとシロツメクサはこう見えるよ、という話で、あなたが主観的に見たらシロツメクサはどう見えますか、という提案でもあるんですよ。
シロツメクサをバラバラにして、小さな花がいくつあったか数えてみるページがありますが、これもあくまで僕が見つけたシロツメクサが89個だっただけ。20個くらいのもあるし、100個くらいのもあるはずです。これが正解だよ、と教える絵本ではないので、ぜひ自分でもシロツメクサを探して、花を分解したり、種を取り出してみたり、自分なりの発見をしてほしいなと。なんなら、この本に書かれていることは本当なの?と、僕のことさえも疑ってもらってかまわないので、自分の目でシロツメクサの本当の姿を確かめてほしいですね。子どもたちには特に、そうした実感のある科学を楽しんでもらいたいと思っています。
―― 写真は撮り下ろしですか。
僕がこれまでに撮ったシロツメクサの写真が4000枚ほどありまして、そのうち、この絵本のために撮り直したのが約2000枚でした。絵本のために撮ったカットもあれば、そうではなくて、ただ面白いなと思っていたカットなどもあります。
工夫したのは、できる限りいろんな角度から撮る、ということ。花を撮る場合も、ふだんは見ないような角度を意識的に探して、横からだけでなく、上からも下からも撮るようにしていました。
一番撮影が大変だったのは、小さな花のひとつを拡大して、おしべやめしべを見せた写真です。シロツメクサの花は1個だとものすごく小さいので、普通のレンズでは撮れないんですね。なので、これを撮るために新しいレンズを買いました。しかも、花はハチが上に乗ると開く仕組みになっているんですが、ハチがいないと閉じてしまうので、開けっ放しにしておくのが難しくて。ちょっと圧をかけてなんとか開かせて、黒い紙の上に置き、三脚を立てて撮って……と、かなり時間をかけて撮影しました。
芽生えのシーンも意外と難しかったですね。基本的に同じ株を追っているんですが、途中であまりに虫食いがひどかったりすると使えなくなってしまうので、相当いろんな株を撮った中で、たまたま撮れたものを採用しました。4000枚も撮っていたからこそやっと1冊ができた、という感覚です。
身近な植物に目を向けると、毎日が豊かになる
―― 初めての絵本が完成して、どんな風に感じていますか。
僕の初めての本『そんなふうに生きていたのね まちの植物のせかい』(雷鳥社)が出たのが2019年で、編集の横川浩子さんはその本を見て、絵本を作りませんか、と僕に声をかけてくださったんですね。それからずっと絵本と向き合ってきたのですが、やればやるほど絵本がわからなくなってしまって、完成までに4年以上かかってしまいました。ただ、その4年のうちに、娘と一緒にたくさんの絵本を読むようになって、絵本の魅力や可能性をすごく感じたので、この絵本を作るためには必要な4年だったんだろうなと今は思っています。
個人的には、娘が絵本を読む年齢のうちに完成させたいという目標があったので、それが達成できたことがうれしいですし、今の僕の全力が詰まった自信作になったので、たくさんの人に届くといいなと思っています。
―― 帯には「自分の五感を通した気づきは、おどろきを生み出します」とあります。絵本で見て知った気になるのではなく、やはり実際に自分で見て、触って、感じてほしいですか。
まさにそうですね。植物の名前を知ることは大事なんですけど、ひとつだけデメリットがあって、名前を知ると、相手のことを知っているような気持ちになってしまうんですよ。「あぁ、シロツメクサでしょ。知ってる知ってる」って。そうではなくて、名前は知っているけれど、シロツメクサのこと本当に知ってるかな、自分の五感を通して見てみよう、と思うことがとても大事なんです。
名前を知るというのはあくまでも第一歩で、その先のステージがあるよってことを伝えたいですね。名前を知っているだけでは、友達にはなれませんから。何なら名前がわかってなくても、友達にはなれますしね。
―― まち専門の植物ガイドとして活動されていますが、まちに限定しているのはなぜですか。
僕はもともと野山の植物を見に行くのが好きで、国内や海外の野生の植物を見に行くツアーの仕事もしていたんですが、そういうのって本当に植物好きな人しか行かないんですよね。植物にあまり興味がない人に植物の面白さを伝えるのであれば、どこか遠くへ行くよりも、近くの駅前ロータリーで植物を見たら30種類も生えていたとか、そういう生活の延長線上で見られる、身近な驚きの方がぐっと心を惹きつけるんだろうなと思って。それと、今子育て中であまり遠くに行けないので、近くの植物を観察しようっていうのもありますね。
―― 身近な場所でもいっぱい発見がある、と。
そうです。遠くに行く必要はなくて、いろんな喜びや驚きが足下にあるんです。僕は植物好きなのでもともとそう思っていますが、たぶん多くの人にとって、そうなる可能性があると考えていて。植物との付き合い方がわかってくると、毎日が豊かになるし、人生が楽しくなります。この絵本をきっかけに、たくさんの人が身近な植物に目を向けてくれたらいいなと思っています。