この欄を書く時に、毎回タイプライターや携帯のメモのファイルを「ネタ」という言葉で検索するのだけれども、果たしてそれでいいのだろうかと思うことがときどきある。「ネタ」といえば、自分の頭の中では第一義にお寿司(すし)のことなのだが、自分が糧にしている文章の仕事を始める時に、いちばん最初に探す記述の名前がお寿司から借りた言葉でいいのか? お寿司あっての小説なのか? 随筆なのか?
タイプライター付属の明鏡国語辞典MXによると、「ねた」とは「料理の材料、新聞・雑誌記事などの材料、証拠、奇術などの仕掛け」だとのことで、手持ちの新明解国語辞典でも似たような内容だった。ただ、「ねた」は「たね(種)」をひっくり返した言葉だということは明記されている。わたしが大事に溜(た)めているアレは、お寿司で倒語なのだ。
もっと大事にしたい……、もうちょっと威厳のある言葉はないのか、と思って「材料」「素材」と言い換えてみるのだが、「ネタ」の速さにはどうも勝てない。Googleで検索してみると「ネタ 言い換え」というサジェストが出てくるので、「ネタ」でいいのか迷っている人はいるようだ。せめて「種」にしてみようと思うのだが、種子のことばかりが頭に浮かぶ。「ネタ」の勝ちだ。
「ネタ」と横書きで書いていると、だんだん部首(しめすへん)とつくりの一つの漢字みたいに見えてくるから不思議だ。お寿司から漫才やコントの個別の作品の総称まで、「ネタ」は広く使われているので、もう新漢字に格上げしていいのではと思うけれども、そうなったとしても、結局カタカナで倒語の「ネタ」で有り続けそうだと思う。
「ネタ」もさることながら、ネタに詳細を付け加える「肉付け」という言葉も、肉に引っ張られるので困る。何の肉? そして構成は「骨組み」。心臓は「ネタ」。なまものみたいで気が引けるなと思う。自分としては、文章を書くことは棚を作るとか刺繍(ししゅう)に似ているのですが……。=朝日新聞2024年4月17日掲載