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「尾上右近 華麗なる花道」インタビュー カレーと歌舞伎、懐が深いところが似ている

尾上右近さん=篠塚ようこ撮影

カレーと歌舞伎の意外な共通点とは?

――まさか歌舞伎俳優の方がカレーの本を出されるとは……カレー愛に脱帽です。

 そうなんですよ(笑)。年間360食はカレーを食べています。1日に2、3回という時もあるので毎日ではないんですけど。昨日は名古屋での仕事終わりに、夕食として味噌煮込みうどんを食べましたが、東京に帰ってきてから結局カレーを食べてしまいました。最近、大阪松竹座に半月ほど出演していましたが、その間行けるときは現地の名店「インデアンカレー」に通っていましたね。

――右近さんはどんなカレーが好きなのでしょうか。

 基本的にはカレー全般が好きで、いわゆる日本のカレーライスも、インド系も、タイカレーや欧風も好き。そのなかでも好みに変動はあって、いまはキーマ期がきています。歌舞伎でも、このお家の「型」が一番好きだと思っていても、また別のお家の「型」を見たら「これもいいなぁ!」と変わることがあります。型によって印象はかなり変わるけど、どれもその役らしく見えるんですよね。バリエーションが多くて選択の幅がある点が、カレーと歌舞伎に共通する部分かもしれないですね。

――カレーと歌舞伎に共通点があるというのは驚きです。

 そう思いますよね。でも意外と通じるところがあるんです。まず言えるのは、カレーにも歌舞伎にも「定義」がないということ。カレー店を営む方たちに「カレーとは何か」と聞くんですが、即答できないんですよね。スパイスを使えば、それはすでにカレー。歌舞伎も同じで、実はきちんとした定義がなく、歌舞伎役者が演じれば歌舞伎になるんです。

 他のジャンルを取り入れて自分のものにしてしまうのも、カレーと歌舞伎の共通点。カレーって、中華料理やお菓子だってカレー風味にできるし、その中でちゃんとカレーという自分の存在を維持できてしまいます。歌舞伎も、文楽やお能から取り入れた要素もあるし、現代では漫画作品を原作にした演目だって歌舞伎として成立させてしまうんです。

ナイルレストランは楽屋みたいな場所

――カレー愛に目覚めたきっかけを教えてください。

 まず歌舞伎座の近くに「ナイルレストラン」というインドカレーの名店があることが大きいですね。ナイルは歌舞伎座の楽屋口から道路を挟んで見えるほどの近さで、僕はナイルも楽屋だと思っているくらい。10代のころから父(清元延寿太夫)に連れられてナイルのカレーを食べていましたが、次第に自分の意志で通うようになりました。なんとなくカレー好きを自覚していたんですが、気がついたら地方の公演に行っても食事にカレーを選んでいる自分がいて。はっきりと意識したのは、ちょうど自主公演を始めた23歳くらいのころです。以来カレー愛が加速して、2018年の第4回自主公演ではオリジナルカレーをプロデュースして会場で販売までしてしまいました。

――ナイルレストランが好きだということですが、ほかにお気に入りのお店はありますか。

 歌舞伎座のある銀座では、北インド料理の「グルガオン」や、昭和21(1946)年創業の「ニューキャッスル」、薬膳ダイニングバーの「銀座しんのう」にも行きます。でもナイルがだいぶ割合を占めていて、その合間にほかの店へ行く感じです。ナイルでは、店の人が看板メニューの「ムルギーランチ」を勧める圧が強くて、ずっと食べ続けてきたんですけど、あそこまで飽きないメニューってないんですよね。目の前に運ばれて、気づいたら食べ終わっていますからね。気を失っていたのかっていうくらい(笑)。

右近流カレーの流儀

――カレーを食べるときに、右近さんならではの流儀はあるのでしょうか。

 まず「カレーを食べているときに、カレー以外の話題はいらない」ということですかね。しっかりカレーと向き合いたいから、会話を楽しむことが目的の食事シーンにはカレーを選びません。ご飯とルーを最後まで同じバランスで食べ進めていくのが僕の理想とする食べ方で、目の前にカレーが到着したら自然とペース配分のビジョンが見えます。大盛りを注文すると、たまにご飯だけを増やされることがあるんですが、その時は勝負を受けて立つ気分です。

 それから、福神漬けなどの付け合わせは、最後にまとめて食べます。付け合わせって口直しって言うじゃないですか。なんで直す必要があるんだろうって。付け合わせでフィニッシュして、ちょっとすっきりして終わる。これが一番だと思っているんです。

 カレーをテイクアウトして楽屋で食べることもあるんですが、トッピングの温泉卵を自分で盛り付けるときには、まずご飯の部分が黄色くなるように塗り広げることもこだわりです。ルーには卵がうまく混ざらないじゃないですか。だからご飯にまんべんなく、ムラがないように。とにかくムラが嫌いなんです。舞台の化粧でも、おしろいがムラになるのは嫌ですから。そのためには、下地としてまんべんなくびん付け油を塗る必要がある。卵もびん付け油も、僕にとっては同じ感覚なんです。

――本にはカレースプーンについても書かれていますが、スプーンに注目したことがなかったので、目からうろこでした。

 カレーを食べるとき、スプーンって意外と大事。それこそカレーを好きになるきっかけになるくらい、食べやすいスプーンの存在は大きいと思います。適度な深さと丸みがポイントです。実は今回『尾上右近 華麗なる花道』を出版するにあたって、「華麗なるスプーン」というものを制作したんです。プライベートで愛用している山崎金属工業の「カレー賢人 キャリ」というスプーンの柄に、僕が描いた隈取のイラストを入れたものなんですが、書籍とセットの限定版をウェブショップで販売する予定です。使っていただいたら、違いは歴然ですよ。

――今日の取材に我が家のカレースプーンを持参してみたのですが、右近さん的にはどうでしょうか。

 あー、いい、いい。いいと思いますよ。お野菜ゴロゴロ系のカレーに向いているんじゃないでしょうか。なぜかというと、結構重みがあるから野菜を切りやすいと思うんです。僕が愛用するスプーンは、全体に重みが適度に分散されているんですが、このスプーンも食べやすいと思います。

カレーの香りで思い出が蘇る

――舞台や映画などこれまでに出演した作品には、その時食べていたカレーの記憶がセットになっているそうですね。

 先日も大阪松竹座の近くにある「はり重 カレーショップ」の前を通りながら、16年前の記憶をふと思い出したんです。僕の人生初の大役は、2008年に大阪松竹座で演じた「連獅子」の仔獅子でした。15歳の僕は非常にプレッシャーを感じていたのか、開演2日目に40度近い高熱を出してしまったんです。何か口にしないとと思って食べたのが、はり重のカレーでした。匂いって記憶と結びついているじゃないですか。はり重のカレーの香りをかいだ瞬間に、「ああ!」って思い出したんですよ。カレーって、そういう効果が強いのかもしれない。

 当時はカレーを口に運びながらしんどさしかありませんでしたが、振り返ればいい思い出だったなって思います。今考えれば、よくそんな大役をやらせてもらえたよなとも思いますよね。親獅子役を勤めた市川團十郎(当時は海老蔵)のお兄さんが声をかけてくださって実現したんです。團十郎のお兄さんは当時30歳で今の僕とほぼ同い年ですが、僕にはできることじゃない。やっぱり夢のある方だなぁって思うし、改めて感謝しています。

――レトルトカレーならではの楽しみ方として、自分の好きな組み合わせができる「あいがけ」もオススメされています。あいがけは互いの味をひき立て合う相乗効果があるとか。右近さんは女形も立役(男役)もされますが、両方をやることで相乗効果はありますか。

 両方やるから気づけることって、やっぱりありますね。女形って、立役を引き立てるためにアシストしてあげる場面が多いんです。自分が立役のときにしてもらって嬉しかった工夫は、女形を演じるときに生かすことができます。女形のときには、相手役の先輩が大事にしてくれていると感じたときがめちゃくちゃ嬉しい。よく女形が立役の膝の上に手を置くという所作があるんですが、置きやすい位置に膝をもってきてくれると、めちゃくちゃキュンとするんですよね。「あざす!」って (笑) 。

 あいがけカレーの相乗効果を歌舞伎に当てはめれば、組み合わせの妙があることですね。一つの演目でも、役者のAさんとBさんが組む場合と、AさんとCさん、BさんとCさんでやる場合と、さまざまな組み合わせがある。それぞれに違う良さが生まれるから、その演目が何回上演されても飽きないんです。それに、Aさん自身の魅力があって、Bさんにも魅力があるけれど、AさんとBさんの組み合わせでしか見せられない魅力がある、ということがあいがけカレーにも起きるんです。

「受け継ぐ」ことは深い愛情がなければできない

――本には、ナイルレストランの3代目・ナイル善己さんとの対談も収録されています。ナイルも時代に合わせて少しずつ味をチューニングしているそうですが、歌舞伎にも通じるところがありそうです。

 そうですね。例えば台詞のテンポひとつとっても、その時代の感覚に合わせて速くなったり、「たっぷり」と呼ばれるようなゆっくりとした速度に変わったりと、流行を繰り返してきました。意識をしなくても自然と変わることもあるし、変えようと思っても変わらないものもある。伝統芸能ではありますが、大衆の娯楽でもある以上、お客様に喜んでもらえればそれでいいんだと思います。変えていくもの、変わってはいけないものを考え続けるのも、楽しいことじゃないかな。

スタイリスト/三島和也(tatanca) ヘア&メイク/STORM(Linx)

――右近さんもナイル善己さんも、代々その家で築いてきたものを継承する立場にあると話していますね。「受け継ぐ」ということに、どんな思いがありますか。

 受け継ぐというのは、本当に深い愛情が必要な作業です。時代に合わない部分は変える勇気が必要で、その根底には継承してきたものへの愛情がないと判断を誤ると思うんです。もちろん役者としての実力が伴わないといけないけれど、愛情があれば自分についてきてくれる人たちも納得してくれるはず。最終的に大事なのは気持ちですよね。

――歌舞伎とカレーへの、深い思いが伝わってきました。最後に一言お願いします。

 実は今朝も食べたのに、カレーの話をしていたらもう食べたくなってきました(笑)。この本で、カレーと歌舞伎と右近を、同時に好きになってもらえれば嬉しいです。