近代までの文学は、主人公の名前がタイトルになっている作品が多い。文学の役割の一つは、ロールモデルを提示することだったからだ。読者は主人公の人生をお手本にしたり、時に反面教師とすることで、実人生における学びや気づきを得ていた。だが、現代社会は個々人の生き方があまりにも多様で、共有できる価値観を表現するのは難しい。タイトルに主人公の名前を冠した「この人を見よ!」タイプの小説は、近年あまり書かれなくなった。
そんな状況下で突如現れたのが、宮島未奈のデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』だ。物語の舞台は、琵琶湖に面した滋賀県大津市膳所。成瀬あかりが中学二年生から高校三年生へと時を重ねていく中で、その時々の彼女が生み出した伝説や自由すぎる言動の数々を追いかける。それらは笑いを招くものでもあるのだが、成瀬のような考え方で人生と向き合い、人と接することができたなら――という憧憬(しょうけい)もまた読者に引き起こす。2024年本屋大賞に輝くなど、同書は(=成瀬は)幅広い世代から厚い支持を集めた。
続編となる『成瀬は信じた道をいく』でも、成瀬の強烈な個性はもちろん健在だ。成瀬ファンの小学生、成瀬の父親、成瀬のアルバイト先のスーパーにクレームを入れる主婦、成瀬と共に「びわ湖大津観光大使」となった女子大生……。前作同様、一話ごとに異なる語り手が成瀬あかり史の目撃者となる。と同時に、成瀬の生き方を間近で見ることで、語り手が自分の生き方を見つめ直す、という展開が前作以上に強調されている。「この人を見よ!」の効きが増幅している。
成瀬は、令和の世を楽しく生き抜くためのロールモデル。それが具体的にどんなものなのかは、実際に本を手に取って確かめてみてほしい。=朝日新聞2024年4月13日掲載
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新潮社・1760円。6刷15万部。1月刊。『成瀬は天下を取りにいく』の続編。「男も女も老いも若きも惹(ひ)きつける、成瀬あかりという強烈なキャラクターの謎の引力が最大の魅力」と担当編集者。