- ベストSF2020(大森望編、竹書房文庫)
- 日本SFの臨界点[恋愛篇](伴名練編、ハヤカワ文庫JA)
- 第五の季節(N・K・ジェミシン、創元SF文庫)
気温的、社会情勢的に、外に出るのが憚(はばか)られる今日この頃。家の中にいながらにしてどこにでも行ける読書は最高の娯楽。今回ご紹介するのは、日本SFの未来は明るいぞ、とワクワクできる2作品+読むだけで壮大な旅に出かけられる1作品。
まずは大森望編『ベストSF2020』。2019年内に発表された国内の傑作SF短編を集めたアンソロジー。相変わらず脳みそをかき回されるような円城塔の「歌束」。大風呂敷で、トンデモ設定で、リリカルで軽快、それでいて唸(うな)る着地点のオキシタケヒコ「平林君と魚(いお)の裔(すえ)」。恐ろしい緻密(ちみつ)さと構築力で描かれた飛浩隆「鎭子」。11編の物語は、日本SFの可能性を存分に見せてくれる。巻末の「二〇一九年の日本SF概況」がまた凄(すご)い。これさえあれば、日本SFの最新状況が漏れなく網羅できてしまう。
続いては、伴名練が編んだ『日本SFの臨界点[恋愛篇(へん)][怪奇篇]』。昨年の日本SF界における最大の事件と言えば、伴名練。短編集『なめらかな世界と、その敵』は日本SF大賞候補作にもなった。キャッチコピーは「世界で最もSFを愛する作家」。その赫々(かっかく)と燃えさかるSF愛でもって、今最も読んで欲しい埋もれた名作傑作をSF地層から掘り起こした、伴名練にしか編めなかったであろうアンソロジーが本書。[恋愛篇]のこれからSFを読みたい読者への完全入門ガイド、[怪奇篇]の日本SF短篇史60年を描いた編者解説、どちらも必読。作家としても、アンソロジストとしても凄いなんて、ズルすぎません?
家に居ながらにして世界を旅することができるおすすめの3冊目は、N・K・ジェミシン『第五の季節』。数百年ごとに壊滅的な地殻変動に襲われ、文明が衰退する世界。だが、異変を抑えることができる能力者たちは迫害されていた。新たな災害が目前に迫る中、息子を殺し、娘を連れ去った夫を追う、能力を隠し生きてきたエッスン。能力があることが知られ、教育機関に行くことになったダマヤ。凄まじい能力を持つ先輩と共に旅をするサイアナイト。3人の女性の人生が交互に語られ、やがて見えてくる衝撃の背景。凄い3部作は〈三体〉だけじゃない。史上初3年連続、3部作全てがヒューゴー賞長編部門を受賞した渾身(こんしん)のシリーズ開幕。
番外編として、翻訳小説同人誌『BABELZINE』をあげたい。未邦訳小説と評論で構成された、大変意欲的、かつ愉快な試みだ。
作家、編者ときて、さらに翻訳の新しい流れ。うむ、日本SFの未来はキラキラだぞ。=朝日新聞2020年8月26日掲載