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古典文学、オノマトペの研究など、山口仲美さんの著作集 全8巻が完結! 記念インタビュー

未開拓の研究テーマに長年挑んできた

――これまでほとんど研究されていないテーマに取り組んできたとお聞きしました。

 そうですね。古典の文体やコミュニケーション、オノマトペの歴史、若者言葉、あだ名・薬の名前の付け方など、いままでの国語学ではほとんど研究されていない分野でしたから。そのジャンルで主流のテーマであるかどうかという観点ではなく、自分自身が興味ひかれるテーマであるかどうかに従ってテーマを決めていった結果が、未開拓分野の解明に繋がっていったのだと思います。でも、未開拓分野の研究って結構大変。そもそも何を明らかにするのさえ、分かっていない。自分で問題を見つけ、解決する方法を考え、調査し、解明していく必要がありました。

――その中で一番始めに取り組んだ研究が、古典の文体だったそうですね。

 大学時代に卒論のテーマで「説話文学の和漢混淆の度合い」について調べたのが始まりです。以来、古典作品の文体研究に取り組んできました。例えば『源氏物語』の後編の「宇治十帖」は「紫式部作ではない」という説があります。でも、調べていくと紫式部の書いた『紫式部日記』にしかみられない独特の表現が、「宇治十帖」にもみられる。ということは、「宇治十帖」も、紫式部が書いたといえるわけですよ。文章の特性から、作者の問題、作品の成立事情、創作の秘密などを明らかにしていくことは、実に楽しかった。

古典には現代の私たちに通じるものがある

――古典文学の登場人物たちのコミュニケーションについても研究されたそうですね。

 コミュニケーション力が高い人は、昔からいます。夫婦げんかをしても上手い返しをして、相手の心をつなぎ留めていくように。そんな古典文学に登場する男と女の会話を分析し、今の時代にも活かせる当時のコミュニケーションのあり方を明らかにしていきました。また、観点を変えると、『枕草子』なんか、現代にも通用するマナーを教えてくれる古典になります。『今昔物語集』は、現代人に生きる力を与えてくれる。古典を現代にいかす観点を導入した研究もしましたね。

――古典を読むメリットとして、どんなことが挙げられますか?

 第一に、物事を相対的に捉える目が養われます。例えば、平安時代の作品に見られる一夫多妻制。現代社会では不自然に思えますが、当時の貴族社会では、当然のように受け入れられています。今とは違った価値観や習慣を知ることで、現代を絶対と見る見方から脱出できます。第二に、創造性を育むための養分が蓄えられます。外国の文学作品と違い、日本の古典には日本人の価値観や感性が詰まっているので消化吸収されやすく、現代人の栄養になりやすいんです。

オノマトペは時代に合わせて大きく変遷

――オノマトペの研究を始めたきっかけは、何でしょうか?

 古典をよんでいたら、犬の鳴き声が「ひよ」と書かれている。えっ、犬が「ひよ」と鳴くわけないでしょ! ひな鳥じゃあるまいし、と思ったのが、研究の一つのきっかけでした。私たちのよく知る犬の鳴き声「わんわん」は、江戸時代以降の鳴き声。その前の日本人は犬の声を「びよ」「びょう」と聞いていた。「ひよ」は、濁点を打っていない形で記されていたんですね。なぜ、鳴き声を写す言葉が変わったのか? 日本人の犬の飼い方が変化したからなんです。

――犬の鳴き声には、そんな歴史があったんですね。

 ウグイスの鳴き声が「ホーホケキョ」になったのも江戸時代から。その前は、「ウーグヒ」と聞いていた。だから「うぐひす」というんです。「す」は、鳥であることを示す接辞。ホトトギス、カラス、カケスなど、鳥の名前には「ス」が付いているでしょ? 鳥や獣の鳴き声って、現代にあるものがずっと昔から続いているように思っている。違うんですよ。時代によって大きく変遷してきた。驚きの事実が次々に明らかになってくるので、わくわくしっぱなしでしたね。

――オノマトペとは日本人にとって、どのような言葉なのでしょうか?

 日本語にあるオノマトペは、英語や中国語の3倍から5倍も多い。日本人は、感覚的・具体的な民族なので、感覚に訴えるオノマトペが好きなんですね。日本のコミックが世界に羽ばたけたのは、豊かに存在するオノマトペのお蔭。オノマトペのない絵は平面的になってしまう。ところが、日本人は、音のない絵に「ががーん」と音を与え、感覚のない絵に「にちゃにちゃ」とねばつく感じを与える。臨場感が出ますから、日本のコミックは、オノマトペをつかわないマンガよりも面白い。だから、ヒットしたんです。こんなふうに、日本語の特性をうまく使って世界に発信していくときに、世界に認められる。

若者言葉を使うのは仲間意識を持ちたいから

――現代語に関してもさまざまな研究をされているそうですね。

 現代語についても、若者言葉、テレビの言葉、ネーミングなど、今まであまり扱われていない分野の研究に挑みました。こういう言葉を研究すると、人間が言葉を創っていくメカニズムがわかってくる。たとえば、若者は「コビる」という。「コンビニにいく」ことなんです。言葉を省略して末尾に「る」をつけて新しい言葉を創る。あるいは、ローマ字で略語にする。「今日の昼はCR!」。「CR」って、何のことはない、カップラーメンなんですって(笑)。

――若者言葉はユニークですね。他に特徴的な表現はありますか?

 若者たちは、掛詞なんかも駆使します。「お前、ラ・フランス!」。「ラ・フランス」は洋ナシでしょ。だから、「お前、用なし!」(笑)。あとは既存の言葉の転用。例えば、「俺、試験勉強をしてないよ。チーンだな」。オノマトペの「チーン」は、お葬式の時にならす鉦の音。「終わった」っていう意味に転用するんです。「脳内花畑」なんていう比喩も使う。妄想癖のある人の形容ね。こんなふうにして言葉を創る。しかも、若者言葉の場合は、それが仲間内にしか通じない言葉である必要がある。仲間意識をもつためですね。
 若者たちは意識しないで若者言葉を使っている。それを分析して、言語的特徴やそれを使う意識まであぶりだしていく。それが研究です。

――最後に、完成した著作集についてのメッセージをお願いいたします。

 私、考えたら、日本語の研究を50年以上もやってきているんですよ。だから、全8巻になっちゃった。日本語の問題は、日本語を使っている人みんなの問題なんです。研究者だけでなく、一般の人にもぜひ読んでいただきたい。だから、エッセイもたくさん入れこんで、多くの人に読んでいただけるような形に編集してあります。ぜひ手に取って、気に入った頁からするすると読み始めていただきたい。(談)