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カップケーキ 長谷川義史

 私、今日はこの原稿を書いていますが本来は日々絵を描いております。

 絵本の絵です。いやありがたいことです。絵を描いて生きていくというのが僕の子どもの頃の将来の夢でございました。

 小さい頃から絵を描くのが大好きでほいでまた大好きな得意なことでありますので周りの大人も友達もがっこの先生も長谷川くんは絵が上手と褒めてくれました。

 やっぱり人間は褒めてやらねばあきません。その気になりまして大きくなったら絵を描く人になりたいと漠然と思っていました。

 そして実はもう一つだけなりたいものがございまして。それがなんと料理人なんです。料理といいましても和洋中と今はもっともっとありますが、僕が子どもの頃に憧れたのは街の洋食屋さんのコックさんです。

 僕には三つ違いの姉が一人おりまして夏休みになりますと親が働きに出たあとは家に姉ちゃんと二人です。

 賢い姉ちゃんはお母ちゃんに言われたように朝の涼しいうちから夏休みの宿題のドリルに向かいます。

 そして僕はといいますとテレビのスイッチ入れてNHKの「きょうの料理」で勉強を始めます。

 僕が料理の定石を知ったのはあの夏休みに勉強もせず勉強した「きょうの料理」のおかげと思っています。

 ある日の事、台所の流しの下からホットケーキの素(もと)を出してきましてコネコネと作業を開始しました。

 その日は見る勉強ではなく実技です。もともと料理が好きなので袋に書いてるまんまホットケーキを焼いては小学二年生のプライドにかかわるのでアレンジメニューのカップケーキに挑戦することにしました。

 生地作り。砂糖とバターがないのでマーガリンをコネコネしましてそこに牛乳と卵を加えます。

 加えますとか今でこそ気軽に書いていますが今から半世紀前の小学二年生がお母ちゃんに内緒で卵一つこそっと割るんですよ勇気要りまっせ。

 再びコネコネしますとモテッとした生地が完成しました。

 さあてここからが楽しい。楽しいはずなんですでもそうはいきません。

 生地を流し込むあの周りがギザギザになった銀紙のカップが悲しいかな昭和の我が家には無いんですね。

 仕方が無いのでアルミのべんと箱に流し込んでこれまた悲しいかな肝心要のオーブンが無いので当時流行(はや)ったロースターという魚焼き機で焼く。

 わーい! 出来上がりいい匂い。焼きたてにスプーン入れたら……。

 あれ? 中がグチャグチャやん焼けてない。嗚呼(ああ)……。「オーブン買える大人になるんや!」。誓ったあの日。=朝日新聞2020年9月12日掲載