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「『七人の侍』ロケ地の謎を探る」書評 リアリズム魂であっちこっちへ

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月19日
七人の侍ロケ地の謎を探る 著者:高田 雅彦 出版社:アルファベータブックス ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784865980813
発売⽇: 2020/07/16
サイズ: 21cm/266p

『七人の侍』ロケ地の謎を探る [著]高田雅彦

 英国では「七人の侍」が〈史上最高の外国語映画100本〉の第1位に選出されたほか、フェリーニを始め世界の超一流監督が映画史上最高傑作と絶賛。が、キネマ旬報ベストテンでは第3位。日本の評論家の世界の黒澤明へのヤッカミか。本書の目的は「七人の侍」の不可解なロケ地の検証である。
 「七人の侍」は寒村を舞台に野武士と侍と百姓との死闘の物語。村の本拠地は東宝撮影所近くの大蔵にオープンセット。さらに村の各所を伊豆長岡、御殿場・箱根、天城等(など)に分散しながら画面上には一つの村落を構成。時代劇を撮るには物語の条件に適した場所が一カ所に集中していないためにあっちこっちをくっつけて、ひとつにした。
 黒澤さんから直接聞いた話だが、「村の外れの小川に架かった木橋を百姓がわたるところまでは大蔵のオープンセットで、渡り終えたところは御殿場だったかな」と。カメラを切り返して、二カ所を一直線に結ぶ。誰が見てもこのカメラの魔術には気づかない。うんと離れた二カ所の空間を接続させて同一空間にして観客の目をごまかす。異なった物と接続させて、異化効果を演出するシュルレアリスムのデペイズマンとは逆である。このようなモンタージュ手法は他のシーンにも活用されており、気づいた者はひとりもいない。
 山の中腹からは村の全貌(ぜんぼう)を俯瞰(ふかん)するシーンであるが、大蔵のセットそっくりの村をもうひとつ作ってしまう。だったら、最初からこの村で撮影をすればと思うが、そこは黒澤さんの拘りを超えたリアリズム魂が揺るがない。
 ラストのすさまじい雨のシーンは大蔵のオープンセットで撮影。水車小屋のあの物凄(ものすご)い火事のシーンは映画を超えた現実だ。熱風でやけどを負った土屋嘉男さんは後に、「殺されると思った」と僕に語った。助監督の堀川弘通さんは「死人が出てもいいんですか」と黒澤さんに迫った。
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 たかだ・まさひこ 1955年生まれ。映画文筆家。著書に『成城映画散歩』『三船敏郎、この10本』など。