1. HOME
  2. コラム
  3. マンガ今昔物語
  4. 田中角栄の生涯、正当派の伝記マンガに 大和田秀樹「角栄に花束を」(第118回)

田中角栄の生涯、正当派の伝記マンガに 大和田秀樹「角栄に花束を」(第118回)

 9月16日、菅義偉が第99代内閣総理大臣に就任した。そこで歴代の首相を振り返ってみると、とりわけ人気が高いのが田中角栄だろう。戦後70年の2015年に朝日新聞社が行なった世論調査でも、「戦後日本を代表する人物」として吉田茂、松下幸之助、美空ひばりらを抑えて堂々の第1位に輝いている。何といっても高等小学校しか出ていない農家の子どもから首相にまで上り詰め、「今太閤」とうたわれた立身出世はものすごい。出自が重視される日本にあって、豊臣秀吉と並んで最も出世した人物に違いない。

 その田中角栄をモデルにした作品に、巨匠・本宮ひろ志が1983年から「モーニング」(講談社)で連載した『大いなる完』がある。文庫全4巻というボリュームも手頃で、風呂敷を広げすぎて破綻することが多い本宮としては実にきれいにまとまっている。本人も自伝『天然まんが家』で「『モーニング』がその後、浮上していくきっかけの一つにはなったのではないだろうか」と語っており、傑作と呼んでいいだろう。この直前、本宮は私マンガ『やぶれかぶれ』で角栄と面会し、好印象を持ったらしい。

 主人公の鉄馬完は広島の小作農であり、角栄と重ならない部分も多い。しかし、生まれた年、学歴、7人兄妹で唯一の男子という部分などは同じ。1946年の衆議院選挙に立候補して落選し、翌47年に初当選して国会議員になるというプロフィールも完全に角栄のものだ。法務政務次官だった30歳のとき収賄容疑で逮捕されるのも一緒で、このあと獄中から立候補するという「史実」が物語のクライマックスとなっている。

 角栄の生誕100年を記念して、昨年から「ヤングチャンピオン」(秋田書店)で『角栄に花束を』が始まった。作者は『疾風の勇人』で話題を呼んだ大和田秀樹。単行本の巻末には多くの参考文献が挙げられ、デフォルメはあるものの史実に沿った正統派の伝記マンガとなっている。角栄の「刎頸(ふんけい)の友」と呼ばれた入内島金一が語り手を務め、主要キャラクターはすべて実在した人物。物語は1934年に角栄が15歳で上京し、入内島と出会う場面から始まる。実際には入内島は角栄より早く他界したし、15歳当時の角栄が「俺はこの国の宰相になる」などと言い放ったはずもないが、それくらいの演出は許容範囲だろう。なにしろ政治家になる前の、青年時代の角栄を描いたマンガは珍しい。

 弱冠19歳で建築事務所を立ち上げた角栄だったが、ついに赤紙が。8月に刊行された第2巻では、あまり語られることのなかった満州(現・中国東北部)での軍隊生活が描かれる。一兵卒でありながら、ずば抜けた事務処理能力を発揮して一目置かれるようになる様子はなかなか興味深い。次巻で戦争も終わり、いよいよ政界へ進出していくのだろう。

 第2巻のオビに「新潟の書店さんはじめ売り切れ殺到ッ!」と書かれているのが笑いを誘う。新潟県人としては、確かに角栄は憎めない。