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出版界と生き方の変化を映す「東京最低最悪最高!」と「働きマン」(150回)

 若い頃は多くの人が夢を見る。しかし、夢は必ずかなうものではない。そして夢がかなったからといって、幸せになれるとも限らない――。昨年から「月刊!スピリッツ」(小学館)で連載している『東京最低最悪最高!』(鳥トマト)は、そんな理不尽な現実を容赦なく突きつける話題作だ。

 舞台は「青界社(せいかいしゃ)」という大手出版社。筆者の本も出してくれた星海社という出版社が実在するが、本作のモデルは小学館だろう。社名には「入社するのが“正解”の人気企業」「ブルーな世界」といったシニカルな意味合いもあるのかもしれない。全編を通じた主人公はおらず、青界社で働く社員や外部スタッフを毎回一人ずつ描く群像劇となっている。

 大手出版社を舞台にした群像劇というと、2004年から「モーニング」(講談社)で連載され、菅野美穂主演でテレビドラマ化もされたヒット作『働きマン』(安野モヨコ)を思い出す人も多いと思う。昨年、17年ぶりに新刊(第5巻)が出たことも記憶に新しい。

 28歳独身の松方弘子は豪胆社「週刊JIDAI」の編集者。30歳までに編集長になり、「世界的に売れる雑誌をつくる」ことが夢だ。彼女を主人公にしつつ、一話完結型で毎回さまざまな人物にスポットが当てられ、それぞれの「仕事に対する考え方」が語られた。

 考えてみれば、この20年で仕事を取り巻く環境はずいぶん変わった。当時はオフィスで普通にタバコが吸えて、風邪をひいて出社するのも、締め切り前は徹夜で働くのも当たり前。ウェブメディアも少なく、スマホだってなかった時代だ。紙の雑誌もまだ売れていた。「週刊JIDAI」の発行部数は60万部だが、そのモデルとされる「週刊現代」(講談社)の2025年1~3月の発行部数は28万部と半減している。弘子のように常に仕事が最優先で、恋愛や結婚など二の次と考える人も珍しくなかった。バブルはとっくに崩壊していたとはいえ、20年前はまだ出版社や社会全体に活気があり、人生における「仕事」の比重も大きかった。

 一方、『東京最低最悪最高!』には弘子のようにストレートに夢を追いかけ、仕事に情熱を燃やすエネルギッシュな人物は出てこない。「上京してデザイナーになる」「大手出版社に入る」など、各エピソードの主人公は全員が「当初の夢」をかなえたが、何回かの挫折を経て、「その後の日々」を生きている人たち。かつてのようなキラキラした夢はなくなってしまっても、さらに人生は続く。

 全編に漂っているのは“静かな諦念”だ。当初の夢はかなったのに、その先に期待していた明るい未来や幸せは得られなかった。今の時代、そう感じている人は決して少なくないはずだ。「何かを諦め、目標を見失い、それでも疲れた足をひきずって歩き続ける」閉塞感は、まさに令和日本を取り巻く空気といえる。

 性別不詳の作者・鳥トマトは年齢も不詳だが、おそらく平成生まれだろうと思う。にもかかわらず、40代や50代、定年間近のバブル世代など、幅広い年代の内面描写がリアルなことに驚かされる。本作を読むと、多くの人が自分によく似た人物と出会えるに違いない。ブルーなエピソードばかりだが、それでも最後にかすかな希望が描かれるのが救いになっている。