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滝沢カレンの「号泣する準備はできていた」の一歩先へ

撮影:斎藤卓行

女の名前はサリー。
活発で物事をはっきりさせたい強気な女の子だ。

彼女は大学を中退した裏には強い理由があった。
それは世界中を回って旅すること。

大学生活でなんの夢も希望も見つけられなかったサリーは無駄な登校をしているくらいなら、もっとワクワクするようなことを探したいと思い、いてもたってもいられなかった。

旅を始めて、6年がたった。
サリーはモンゴルにいた。

モンゴルはサリーがずっと来てみたかった一番の国であった。

「わぁーここがついにモンゴル。ここなのね。もう旅して今年で6年か。未だに夢を探ってたらあっというまに26歳になっちゃったわよ。でもなんだかやっぱり来たかっただけあって、パワーが感じる。うん。まだ諦めてなんかやらない」

サリーは空港につくやいなや、圧倒的なモンゴルパワーを感じていた。

この日は、屋台を巡り空腹を満腹に変え、屋台を抜けたモンゴルの激安三角ホテルへと泊まった。
ミキミキと悲鳴をあげるベッドに横になると、それでも身体から力が抜け旅の疲れがサワァとなくなっていった。

「あぁー疲れた。明日はずっと気になっていた占いの町にでもいってみよっかなぁ。私が学生時代から確か有名だったわよね」
サリーは天井に向かってブツブツ呟きながら、眠りについた。

「あぁ、あつい。喉、喉乾いた」

太陽が近づいて来たような暑さが狭いホテルをモアモアした暑さで閉じ込めていく。
「昨日は夜ついたから感じなかったけど、本当にモンゴルって寒そうに見えて暑いわー」

ベッド脇にある、汗を垂らしたように水滴がついた半分減った水のペットボトルを無造作に取ると一気飲みした。
「ぷはー。生き返った。さ、起きるか」

サリーは身支度を終えて荷物を背中に、予定通り占い館へと向かった。

その館は電車を3本乗り継ぎ、さらに車で90分かかる場所にあった。

「いやぁ、暑いしいざ行くとなると遠いわね。モンゴル、まぁでもやることないし行くしかない」

決意を決めたサリーは突き進んだ。
電車はあまりに不規則にきていた。

「なによ。時刻表もあったもんじゃないわね」
大幅に遅れをとった電車のせいで、スタートダッシュがかなり出遅れとなった。
「ようやく1個目の乗り換え地点だわ。あぁもう明後日にはロシアに旅立ちたいから滞在時間も限られているのに」

サリーはモンゴルの滞在日を4日間と決めていた。
そのため切り詰めたスケジュールとなっている。

だがタイミングよく2、3個と乗り換えはうまくいき、車に揺られ90分がたとうとしていた。
「なんだかんだいっても、予定通りつけそうでよかった。さぁ、どんな占いされるんだろ。楽しみだー」

サリーはようやく、占い館があるモンゴルきっての奥地についた。
「ここが噂の館ね。うぅ! 空気感が違う気がする」

辺りはまだ昼下がりだというのに、薄暗く温度もだいぶ冷えて感じていた。
サリーは吸い込まれるように館にはいっていった。

そこにはロージーという占い師さんが目を瞑りながらまっていた。

「こんにちは。あの、占っていただきたいのですが、よろしいですか?」
サリーはいつもより弱気な声質でひそかに伺った。

「ようこそ。わたしの名前はロージーよ。あなたは?」
「あ、サリーといいます。年齢は、にじゅ」
「名前だけで結構よ」

かぶさるようにロージーに言葉を止められた。

「あ、はい。よろしくお願いします」
「何を占ってほしいのかしら? 恋愛? 仕事? はたまた人生?」

「えっと、全部ききたいのですが・・・・・・」
「なるほど。そうよね」と微笑みながら、ロージーはやっと目を開けた。

その瞬間ロージーの優しい目に鋭い驚きをサリーは見逃さなかった。

「あれ? なんか見えました?」
サリーはテヘヘと笑いながらロージーに問いた。

「あなた・・・・・・近いうちに死ぬわよ」
「え・・・・・・?」

サリーはわけが分からなかった。

「え? あのどうしてですか? なんで、わたしが? 人違いじゃ?」

「人違いなわけないわ。あなたを見ているんだもの。先が真っ暗闇に見える人は、未来が見えないのよ。なぜなら死んでしまう運命だから。あなたの周りは未来を感じさせない暗い暗いオーラが流れている。残念ですが」

「ちょ、まってください。どうしたら回避できますか? わたしまだ結婚も、なんなら恋愛すらできてなくて、もっとやりたいこともありますし」
サリーは言葉が溢れるように口から流れてきた。

「落ちつきなさい。運命はいつだってあなた次第。わたしから言えることはそれだけよ。悔いがある人生はもどかしい。やり残しちゃダメよ」
ロージーはそれだけ伝えると、サリーを帰らせた。

サリーはどん底の中にいた。

歩く足さえ方向が決められずモンゴルの大地をヨタヨタと歩いていたのだ。

涙さえ出ないこの感情。

無がうってつけのサリーがそこにはいた。

どれほど歩いただろう、変わらない景色の中をひたすら歩いていると一個のさびれた喫茶店のような店があった。
もしやここが最後の晩餐になるんではないかとすら思えてきた。
サリーはカラカラな喉に気付き、その喫茶店に迷うことなくはいっていった。

チリンチリン。

今にも鳴らなくなりそうな鈴が力なしになった。
そんな音にも幸せを感じ泣けてきそうだ。

下向き加減で席に座った。
メニューにはハンバーガーやピザなどサリーの好物が書かれていた。

目がかすれてくる。涙が溜まったせいだ。
手の甲で涙をガシガシ拭き、ピザとチーズハンバーガーを頼んだ。

「きっとわたしハンバーガーきたら泣いてしまうだろうな」と死に怯えて情けない自分に笑えてきた。

「お待たせー! 細いのによく食べるわね」
そんなことを明るく言われながらご飯が机に運ばれた。

サリーはふと顔をあげた。
ずっと下ばかり見つめていたサリーは、この店の雰囲気や机の配置など、この時初めて知った。
あぁこんなオシャレな喫茶店だったのかと。

その流れで料理を持ってきてくれた店員さんの顔を見上げた。

その瞬間。

「え!?」
「え!?」

2人は同時に声を出した。

そう、サリーと全く同じ姿をした人間がそこには立っていた。
店員さんからしたら、全く同じ姿のお客がいた。

絵:岡田千晶

「え? わたし?」
サリーは思わず言葉にしてしまった。

「あなたこそ」
店員さんもポカンと開いた口が塞がらなかった。

「私はサリー。あなたは?」
「私の名前はドリッサよ」

名前が違うことに一安心する2人。

サリーとドリッサは髪の長さも肌の色も身長も体型もソックリだった。
違うのは、性格と服装くらいだ。

「どうしてこんなに私みたいなのかしら?」
「こちらこそよ! こんなに同じ顔だなんてある?」
「ないですよね、絶対」

その時、サリーはゾッとした。
もしかして、近いうち死ぬって自分と全く同じ人間に会ってしまったからか?と妄想が膨らんでいった。

「これって、いわゆるドッペルゲンガー?ですかね」
サリーは店員に尋ねた。

「え? 妙なこといわないでよ」
「すいません」

「ねぇ、あなた今日時間ある?! わたしここのバイトがあと2時間で終わるから、そしたら改めて話さない?」
何かをひらめいたようにドリッサが誘ってきた。
「あ、うん。大丈夫です」

そして2時間後、辺りが真っ暗になった頃2人はまた集まった。
ドリッサのおうちが近くにあるため2人は歩いてドリッサの家へと向かいながら話していた。

「いやーさっきは本当にびっくりした。こんな同じ顔で体型まで一緒なんですもの。驚きすぎてなんだかそっけなくしちゃってごめんね? 改めて私の名前はドリッサ、年は26歳、O型。いまはバイトの掛け持ちしながら、いつか女優になるのが夢で、まぁ地道に頑張ってるの。あなたは?」

「へー。女優さんだなんてすごい。あ。わたしの名前はサリー。同じく26歳のO型。あは、ほんとに似てるね」

「血液型まで一緒だなんてね。サリーは何をしている人なの?」
「私は大学中退してから6年間世界を旅しているの。夢とか見つけたくて。でもまだ模索中ってとこかな」

「世界中を旅しているなんて素敵ね。でもさっき泣きそうな顔して店に来ていたけど、なんかあったの?」
「あぁ。いや、あの、モンゴルに来たのは実はあの伝説の占い館に行きたくてきたの。それで今日ドリッサの喫茶店に行くまさに前に行ってきたんだけどね。近いうち死ぬって言われて。はぁ。また思い出したら不安で不安で」

「あらそう。でもまぁ、所詮占いよ! そんなビクビクして生きていくより堂々といたほうがいいじゃない? 生きてる時も死ぬ時も!」
「う、うん」

サリーは内心、この気持ちなんて誰にも分かりゃしないと強く思っていた。

そんな中ドリッサの自宅につき、話はさらに深くなっていった。

「ねぇ、サリー。私たち2人で力を合わせたら色んなことができる気がするの。そこでね、頼みがあるの」
「え? なぁに?」

「実は明後日アクション映画のオーディションが町であるの。でもうちの喫茶店のオーナー厳しいから休みなんてもらえなくて。それに働かなきゃ暮らしてもいけないし。オーディション諦めていたんだけど。あなたに今日出会って凄まじい希望を感じたの。あなたさえよかったら、明後日だけわたしの人生と入れ替わってほしいの」

「え! わたしがあの喫茶店で働くの? なんだか楽しそう!」
サリーはずっと求められる仕事をしたいと考えていた為、思わぬ形で働ける理由を見つけ気持ちは舞い上がっていた。

「あ、でも。明後日から私はロシアにいかなきゃいけなくて。チケットも取っちゃってて」
「えー。そんな。まだモンゴルを全然知れてないでしょ? お願いよ。サリー」

その時サリーは占い師の言葉が頭によぎった。

(やり残しちゃダメ)

なんだかこの言葉が妙に引っかかっていた。

「ドリッサ、わたしやってみる! 入れ替わるなんて楽しそうだし、ドリッサの夢の力になれるならわたしやってみる!」
「ほんとに?! きゃぁ! サリー大好きよ! ありがとうありがとう」

そうして2人は一日だけ人生を入れ替わることになった。

2日後の朝。

雲行きは朝から怪しげだった。
モンゴルの空は重く怖い色の雲で包まれていた。

ドリッサの家で目覚めたサリー。
リビングに行くとドリッサは鏡に向かってアクション演技の練習を入念に行っていた。

「おはよう。ドリッサ。すごい練習熱心ね! きっと上手く行くはずよ!」
「サリー、おはよう! あら? ほんと? なんだかパワー漲ってきちゃった! サリーも今日はよろしくね。きっと上手く行くわ」

「私は楽しみよ。働くなんて初めてだけどカフェで働いてみたいってずっと思っていたから、すごく嬉しい! でもなんだか天気が怪しいね」
「モンゴルの雨はとにかく激しいの。この感じじゃ今日は一難ありそうね。せっかくサリーに一日入れ替わってもらうんだから、念には念をで私はもう出るわ。雨が強くなってからじゃ身動き取れないからね」

そういうと、ドリッサはオーディションに向けて町に出かけていった。

サリーは1人になると、もしかして死んでしまうかもという不安に押しつぶされそうになっていた。
でもやらないよりはやるしかないという本来の強気な精神が勝ち、思い切って喫茶店へと向かった。

「おはようございますー」
「ドリッサ、さっさと開店準備お願いね」

冷たく言い放つのは、喫茶店のオーナーらしきずんぐりむっくりな婆さんだった。
『きっとこの人がドリッサが怖いっていたオーナーか』と胸の中で確認した。

「はい!」と返事をして、前日ドリッサから手取り足取り聞いたことをとにかく機敏にやってみせた。

午前11時。
喫茶店が開店した。

「今日はものすごい雨が来るみたいだから、きっと客は期待できんね。あんたは床でも拭いてな」とオーナーがするどく言った。

「ものすごいってそんな強いんですか?」
「さっきラジオで3年前の大洪水に匹敵するとか言ってた。あんたの親もそれで死んだんだから、覚悟しときな。まぁ最近天気予報もバカバカしいくらい当たらんけどね」
そういうと裏の部屋にノソノソと姿を消してしまった。

「え? 大洪水でドリッサの親が亡くなったの? そんなにおっきな洪水だったの? なんにもしらなかった・・・・・・」

サリーはひとり床を拭きながら、ドリッサを思い浮かべまた悲しくなっていた。
なんだか占い師の言葉がついに本質をついてきたかという恐怖と、ドリッサのオーディションが心配でいてもたってもいられなかった。

そんな思いをかき乱すかのように、大音量のミュージックかと思うほどの雷と共に強気にも強気な雨が地面に到着し始めた。

「わ。ついにきた。私は生きなきゃ。ドリッサ。祈っている」
そうサリーは強く胸で思った。

ガタガタと古びた喫茶店は雨で恐怖の時間へと押し込まれていく。
木造建の天井は雨の抜け道となり容赦なかった。

次の瞬間、目で見ていたら失明するほどの光にモンゴルが包み込まれた。

・・・・・・

そこからどれくらい経ったのだろう。

サリーが目覚めたのは太陽が降り注ぐ暑い時間だった。

「やっと起きたのかい? 一体どんだけ寝るんだよ。図々しいねまったく」
ぶたぶたしい声で嫌味を投げてきたのは、喫茶店のオーナーだった。

「あ! わたし。あれ? ここは? わたし寝ちゃってましたか?」
「寝ちゃってたじゃないよ。ドリッサ、あんた雷には慣れてるはずだろ。それなのに雷で気絶したのかしらないけど雨水が溜まったとこで倒れてたよ」

「すいませんでした。ありがとうございます! ちなみにいまって・・・・・・
「もう一日夜はすぎた朝だよ。ほら起きたならさっさと喫茶店掃除してくれ。今日は晴天だからね、きっとお客がくるよ。ほら急いだ急いだ」

オーナーにせかされ、起きて布団を片付けていた。

するとラジオから流れてきたニュースに身を凍らせた。

「昨日起きました、嵐の影響でモンゴル発のロシア行き航空機が墜落しました。繰り返します、モンゴル発のロシア行きの航空機が嵐の影響を受け墜落しました。いま安否の確認を改めて進めていますが、今入ってきてる情報によると乗客含め235人全員が死亡しているとのことです。また詳しい情報が入り次第お送りいたします」

固まっているサリー。

「あぁ、あんな嵐の中飛行機出したのか。アホだねぇ。去年もそれで墜落したってのに、学ばないね世界は」とオーナーが独り言のようにぶつぶつ文句を言っていた。

もしも、この喫茶店にたどり着いていなかったら、もしも、ドリッサと出会っていなかったら、もしも、占い師が正直に言ってくれなかったら、サリーの生涯はほんとうに終わっていたのかも知れなかった。

「すいません! すぐ戻ります」

サリーはそう言うと、とにかく走ってドリッサの家に向かった。

家にはドリッサはいなかった。

「え? なんで。帰れなかったのかな、ドリッサ。大丈夫かな」
サリーは自分が生きているのと引き換えにドリッサになんかあったらと、今度はものすごい不安に襲われた。

するとそこに、一本の電話が鳴った。

「はい、もしもし?」
サリーが出ると「あ! サリー!! わたし! ドリッサよー! 大丈夫? 無事!?」。

「あぁぁぁぁぁ。ドリッサーー!! わたしも無事よ。そんなことよりドリッサは?」
「サリー。ニュース聞いた? 飛行機の。私ニュース聞いたとき、ほんとにほんと驚いた。サリーがもし今日ロシア便に乗ってたら、って想像しただけで悲しくなっちゃって。だからわたしのわがままが少し役にはたったのかな・・・・・・」

「ドリッサ。わたしなんかの心配させてごめんね。ドリッサは間違いなくわたしの命の恩人よ。あのとき、ドリッサの夢を応援しよって決めたからきっとわたしはいまここにいる。ほんとにありがとう。ドリッサは? オーディションどうだった?」

「オーディションね、豪雨のおかげって言ったら悪いけど、誰もオーディションにこられずで、でも日にちが迫ってるから、オーディションのやり直しも効かないから、唯一来ていたわたしに決めてくれたの!! 受かり方は堂々とはしてないかもしれないけど、どんな方法であれとにかく映画は決まったの!!!」

「わー!! やったー! ドリッサ6時間前に家を出て正解だったね! やる気がきっと合格に繋がったのよ! ほんとにおめでとう。わたし必ずみるからね」

「ありがとう! 頑張らなきゃいけないのはこっからだけどね。とにかくよかった。でね、もうすぐに町のほうで演技指導やアクション練習に入らなきゃならないから戻れなくって。喫茶店のオーナーにはもうこうなったら仕方ないからわたしから電話して全て伝える!」

「もし、よかったら、わたしが代わりに働いて待ってるよ! どう?」
「え? いいの?! でも旅の途中じゃないの?」

「んーなんかもう、旅はいいかなって。モンゴルが最後の国でいいんだと思うの。なんかすごい得たものがある気がしてね」

「サリーがそう思うなら私は大賛成よ。わたしが撮影終わったらまた会えると思うと嬉しいし! でも何ヶ月もオーナーに黙ってるわけにもいかないから、真実はわたしから話すわ。代わりにサリーが働いてくれるって伝えるね。うちを自由に使ってね」

「ありがとうドリッサ。ドリッサのおかげて生きてるって感じてる。ほんとに。なんだか気持ちも楽になったし、頑張ってみるね」
「こちらこそ、サリーのおかげで夢の女優への大前進になったわ。私たちこの3日ですごい人生の岐路を経験したかもね(笑)」

2人は電話を切った。

そしてサリーはドリッサが帰ってくるまでの半年間この喫茶店で働き続けたのであった。

こうして、サリーの人生もドリッサの人生も、ふたりが助け合ったことにより互いが幸せな道へと歩むことができた。

先の決まった未来に左右されずに、悔いのない人生を選択した2人。

勇気と希望をサリーは間違いなく見つけられた旅となった。

ドリッサは着実に女優として腕を磨き、いまや喫茶店のオーナーが敏腕マネージャーとなり世界を飛び回る女優へと進化した。

一方サリーは、後に故郷である台湾に戻り、モンゴルであった出来事を忘れまいと、天気予報士の資格をとり雨の種類を充分に把握している。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 ドラマチックに感じるタイトルとは裏腹に、一つの恋が終わった女性の心のうつろいを淡々と描いた作品です。大学を中退して旅とバイトの日々を送っていた文乃はイギリス・ノーフォークの海辺のパブで出会った隆志と恋に落ち、身体を重ねます。「あんなふうにらくらくとするすると、しかもぴったり重なり組み合わさる」愉悦に満ちた瞬間がいくたびも訪れます。帰国後、当然のように同居し始める二人でしたが、恋の終わりは唐突に訪れて…

 タイトルの意味は、冒頭そうそうに分かります。別れてもなお、ときおり部屋を訪ねてくる隆志から電話がかかってきます。文乃と二人、クリスマスツリーを買う夢を見たのだと言うのです。そのとき、文乃は思います。「私はたぶん泣きだすべきだったのだ」と。

 旅先で号泣しそうになりながらもドラマチックな人生を送ることになるカレンさん版のサリーと異なり、文乃の日常は淡々と続きます。そんな人生の一幕を切り取った全12編が並ぶ同名タイトルの短編集で江國さんは直木賞を受賞。余談ですが、このときの同時受賞者は京極夏彦さん。そして芥川賞は金原ひとみさんと綿矢りささんのW受賞。なんとも豪華な回でした。