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「黒船来航と琉球王国」書評 内部史料で描く二正面の外交戦

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月24日
黒船来航と琉球王国 著者:上原兼善 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784815809959
発売⽇: 2020/08/04
サイズ: 22cm/352,10p

黒船来航と琉球王国 [著]上原兼善

 19世紀前半、沖縄にはペリー来航の前から異国船が頻繁に現れ、国交・通商や布教を求めてきた。薩摩藩の支配を受けながら中国への朝貢を続け、東アジアで長く独立を保っていた琉球王国は、対応に必死となる。本書に導かれ、当時の王府の内部史料に分け入ると、国際秩序の激変に立ち向かう「小さな島」の奮闘ぶりが見えてくる。
 禁教政策に阻まれて粗暴になっていく宣教師。首里城入城を強行する英国船の艦長。武装兵で交渉会場を取り囲み、条約調印を迫るフランスの提督。既成事実を積み重ね、最後は武力と恫喝で横車を押す手法は、西洋が世界に広めた交易や布教の「自由」の実態を露(あら)わにする。アメリカの水兵による窃盗や性暴力も、民衆生活を不安に陥れた。通訳官を始めとする現場担当者には、那覇の市中こそ外交の「戦場」だった。
 しかし「外圧」に増して手強(てごわ)い相手が琉球を翻弄(ほんろう)する。江戸幕府は、琉球を外国扱いにして開国要求を引き受けさせながら、欧米への寝返りを恐れて薩摩藩に監督の徹底を求めた。薩摩藩は、幕府の派兵指示を偽装工作までして避けつつも、琉球を開国させ、長崎とは別の貿易ルートで自藩の利益をあげようとする。幕府・薩摩藩との息詰まる駆け引きと暗闘は、もうひとつの外交戦だった。
 地上戦と占領の中で育った著者ならずとも、沖縄を「防波堤」にした日本や、解放者然と第二のペリーを気取った米軍の姿を、ここに重ねてしまう。それでも琉球の手立ては、引き延ばし策だけではなかった。無理強いには反駁(はんばく)し、条約内容は逐一精査した。琉球船を護送してやるとの懐柔にも、「小国に兵がいればかえって禍を招く基になる」と毅然(きぜん)と拒否した場面に、著者は独自の国家論の発現を見る。外交交渉の第一線を担った通訳官が、政争の渦中で自死を遂げた事件であえて本論を終えたところに、歴史家の深い愛惜と現状への憂いが読みとれる。
    ◇
うえはら・けんぜん 1944年生まれ。岡山大名誉教授(日本近世史)。著書に『近世琉球貿易史の研究』など。