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ひらぎみつえさんの絵本『お?かお!』 「いたずら絵本」の発想から生まれたしかけ絵本

文:加治佐志津、写真:北原千恵美

赤ちゃんが大好きな“顔”を絵本に

―― 凛々しい眉毛とまんまるお目目、おちょぼ口の表紙が印象的な絵本『お?かお!』(ほるぷ出版)。口に指を入れて左右にスライドさせると、目玉がきょろきょろと動く。ひらぎみつえさんの「あかちゃんがよろこぶしかけえほん」シリーズの一冊だ。シリーズは現在、最新作『くにゃ?』を含めて計17作、発行部数は累計150万部を突破している。

 シリーズ最初の2冊『サンタさん どこにいるの?』と『クリスマスパーティーはじまるよ!』が私のデビュー作です。赤ちゃん向けのしかけ絵本の企画で、編集者さんから絵を描かないかとお声がけいただきました。最初にデザイナーさんが、単純な図形と色でできたしかけのサンプルを用意してくれていたんです。それを家に持ち帰り、実際に動かしながら絵本のアイデアを考えました。サンプルをひたすら動かしていると、それが何かに見えてくるんです。

しかけのサンプルの数々。これをもとに「あかちゃんがよろこぶしかけえほん」シリーズが生まれた

 サンプルのひとつに、黄色の円から赤の半円に変化するものがあったんですが、それを動かしながら眺めているうちに、赤の半円が笑っている口のように見えてきたんですね。これはもしかして顔にできるかも、と思ったのが、『お?かお!』のアイデアのきっかけです。

 赤ちゃんて、人の顔をとてもよく見るんですよね。私の娘も赤ちゃんの頃、添い寝をしていると、よく私の顔を触ってきたんです。ほっぺを押したりつまんだり、唇をちょっとめくってみたり……真剣な目つきで私の顔をいじくり回す娘をかわいいな、と思う一方で、薄い爪で容赦なく触られるので、実はとても痛くて。娘としては、「これは何だろう?」という純粋な興味からくる行動だったんでしょうね。そこで思いついたんです。絵本が顔だったら好き放題いじってもらえるなと。

『お?かお!』(ほるぷ出版)より。鼻の部分を上にスライドさせると、口が大きく開くしかけ

 顔そのものに集中して見てほしかったので、輪郭や髪の毛などはあえて描かず、ページ全体を顔に見立てて、目、鼻、口といったパーツだけを配置しました。友達が「一緒に遊ぼう」と語りかけてくるような感じで、この絵本を楽しんでもらえたらと思ったんです。

 「顔をいじって遊ぶ」という、いたずら絵本みたいな発想で作ったので、受け入れてもらえるかどうか心配でしたが、出版後は思いのほか好評で、ありがたく感じています。本屋さんで『お?かお!』を動かして遊んでいる子どもを見かけると、うれしくて棚の影からしばらく見ちゃいますね。ただただずっと動かしたり、途中で止めたり、白目にしたり……お、その面白さに気づいたか、みたいな(笑)。

試行錯誤と微調整を重ねて

―― 赤ちゃん絵本は、赤ちゃんがなめたりかじったりしても破れないように、厚い紙を貼り合わせたボードブックの絵本が多いが、「あかちゃんがよろこぶしかけえほん」シリーズの場合、しかけの関係もあってさらにページが分厚い。ページはどれも厚さ3ミリほどで、4層からなっているという。

 ベースになる底面と、一番上の表面、その間にしかけとなる中面と、それを支える面があるんです。しかけごとに、底面と表面としかけ面の3枚の絵を描きます。少しでもずれるとうまく動かないので、絵はパソコンできっちり測りながら描いています。最初の頃は、こういうしかけを作るためには何をどこにどう描いたらいいのか、なかなかわかりませんでした。でも作り続けているうちに、出してきた本の数だけ経験と知識が身についてきて、しかけのサンプルを見ずに頭の中で組み立てて考えられるようになってきました。

『バスプップー』のすれ違いのシーン。左上が表面、右上がしかけ面、右下が底面。矢印の部分を右にスライドさせると、手前の青いバスと奥の黄色いバスがすれ違う(写真は本人提供)

―― サンプルにあったしかけだけでなく、ひらぎさん自身の発案によるしかけも採用されている。『バスプップー』で、バスがでこぼこ道をガタガタと走るしかけは、ひらぎさんのオリジナルだ。

 頭でできるはずと思っても、実際に動かしてみないとわからないのが、しかけの難しいところ。これならいける、という確信を得るために、厚紙をたくさん買ってきて、自分でカットして、何度も試作しました。でも、そのあとでデザイナーさんが完成形に近い見本を作ってくれるんですが、それだとうまくスライドさせることができなくて……。どうしても実現させたかったので、デザイナーさんからもいろいろと案を出していただいて、何度も微調整を重ねたんです。最終的に、波型と波型をぶつけることで、でこぼこ道を完成させることができました。

『バスプップー』のでこぼこ道のしかけの試作

 『バスプップー』では、降車ボタンのしかけにも相当苦労しましたね。子どもってバスの降車ボタンを押すのが好きじゃないですか。あれって、自分がボタンを押すことで、車内のボタンすべてが「とまります」と光るのがうれしいんだと思うんです。だから絵本でも、しかけをひとつ動かすだけで、すべてのボタンが光ることにこだわったんですが、それが実はかなりハードルが高くて。たくさんボタンがあるし、奥の方の後部座席のボタンは小さいので、配置やサイズを絶妙に調整しないと、見えてはいけない部分が見えてしまうんですよ。

 制作途中では、片側の座席だけの構図に変えるとか、奥の方の小さいボタンは見えないことにするといった案もあったんですが、私としてはやっぱり、車内のボタンすべてが光るというところは譲れなかったんですね。最後の最後まで編集者さんやデザイナーさんとやりとりをして、ボタンの位置を細かく調整することで、しかけを実現させることができました。

『バスプップー』の降車ボタンのシーン。男の子の手元のボタンのしかけを動かすと、すべてのボタンに「とまります」と表示される

一番の人気作「ころりん・ぱ!」

―― 顔、乗り物、動物、クリスマスなど、さまざまなテーマで新たなしかけ絵本を生み出してきたひらぎさんが、昨年初めて取り組んだのが抽象的なテーマ。輪っかの“ころりん”を指で転がすしかけ絵本『ころりん・ぱ!』は、シリーズ一番の人気作だ。担当編集者が「世界の絵本の中でも前例のないしかけ」と驚いた作品でもある。

 『ころりん・ぱ!』は、編集者さんから「抽象的な作品に挑戦してみては」とアドバイスをいただいて作りました。小さなドーナツ型の“ころりん”が、かくかくの道やぐるぐるの道を転がっていく絵本です。「かくかく」や「ぐるぐる」といった擬音語・擬態語は、前から気になっていたんですよ。「かくかく」の角ばった感じや、「ぐるぐる」の渦を巻く感じが、しかけで体感できたら面白いなと思って。輪っかが飛び出さないようにするにはどうしたらいいか、かくかくした動きをどうやって表現するか……課題がたくさんあって、作るのは大変だったんですが、“ころりん”がコロコロと回転しながら道を進む様子が予想以上にかわいくて、自分でもワクワクしましたね。

『ころりん・ぱ!』(ほるぷ出版)より

 シリーズ最初の頃は、しかけの斬新さにばかり凝ってしまって、1冊の中で同じしかけを使わないようにとか、変な根性を出してしまっていたんですが(笑)、やっていくうちに、そういうことじゃないよな、と思うようになりました。しかけは同じでも、ページをめくって楽しめればそれが一番。どういう原理のしかけを使っているかなんて、読者にとっては関係ないことですからね。

―― 最新作『くにゃ?』も、しかけそのものはシンプルだ。表紙の水色の太い棒は、矢印の部分を下に引っ張ると、棒が「くにゃっ」と曲がる。四角がにょきにょき伸びたり、丸につんつん、とげが生えたり……形の変化が楽しめる。

 最近は、複雑なしかけよりシンプルな方が絶対に美しくて面白い、ということもわかってきました。シンプルなしかけをいかに面白く見せるか、ということに、とことんこだわって作ったのが『くにゃ?』です。目の前のものが一瞬で違うものになってしまうような不思議な感覚を表現しました。ビフォーとアフターの形の違いだけではなくて、どんな風に変わっていくのか、しかけの動き方にもこだわって作っています。ゆっくり動かしたり、元に戻してみたりして、変化の途中の様子も楽しんでいただきたいですね。

『くにゃ?』(ほるぷ出版)より

 「あかちゃんがよろこぶしかけえほん」というシリーズなので、赤ちゃん向けではあるんですが、しかけを動かしたときの気持ちよさって、赤ちゃんだけでなく大人も共感できると思うんです。読み聞かせするお父さんお母さんも、一緒に楽しんでいただけたら成功かな、と思って作っています。

 今は来春の出版に向けて、シリーズ18作目を制作しています。スライド式のしかけそのものが、すごくいろんな可能性を秘めているので、これからも柔軟な発想で新しいものを考えていきたいなと思っています。