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ホラーの帝王キングへのオマージュたっぷり 新鋭C・J・チューダー「アニーはどこにいった」書評

文:朝宮運河

 小説家にとって、先行する著名作家のフォロワーとみなされるのは、名誉なことではないかもしれない。しかし『アニーはどこにいった』(中谷友紀子訳、文藝春秋)の著者C・J・チューダーなら、「チューダーはこの作品で“イギリスの女流スティーヴン・キング”の地位を確かにした」(デイリー・メイル)との評価を大喜びで受け入れるのではないだろうか。
 12歳で『クリスティーン』に出会って以来、大のキングファンという彼女の作品には、“ホラーの帝王”の影響が歴然だ。「スタンド・バイ・ミー」を連想させるデビュー作『白墨人形』に続いて刊行された本長編にも、やはりキングへのオマージュがたっぷりと盛りこまれている。

 主人公ジョー・ソーンは少年時代を過ごした辺鄙な町アーンヒルに、英語教師の職を得て戻ってくる。彼の前任者であるジュリアは自宅で息子を惨殺、「息子じゃない」という謎めいたメモを残して、散弾銃で自殺を遂げていた。
 ジョーにとってもアーンヒルは、忌まわしい記憶の染みついた土地だ。そこにあえて足を踏み入れたのは、「妹に何があったか知っている。同じことが起きようとしている」という差出人不明のメールを受け取ったから。ジュリア親子が暮らしていたコテージを借り、故郷での生活を始めたジョーに、次々と災厄が降りかかる。

 物語開始早々判明するのは、ジョーが一筋縄ではいかない人物だということである。彼が校長に差し出した推薦状は偽造だし、多額の借金も抱えている。わざわざ事故物件を借りる時点で、ちょっと普通とは違っている。
 どうやら一連の行動は、ジョーの妹アニーを襲ったある悲劇が関係しているようだ。そしてその悲劇には、かつての不良グループリーダーで、現在はアーンヒルの町会議員を務めるスティーヴン・ハーストという男も関与しているらしい。
 この町で一体何が起ころうとしているのか。ジョーは何を目論んでいるのか。いくつもの刺激的なエピソードを投入する一方で、著者はなかなか手の内を明かさない。読者は小出しにされる事実を頼りに、暗鬱なアーンヒルの町をさまようことになる。

 サスペンス満点の物語に引きこまれ、夢中でページをめくるうちに、おやっと思った。本書の帯には「ホラー・ミステリの傑作」とある。しかし三分の一ほど読み進めても、ホラーの要素がなかなか出てこないのだ。ひょっとしてホラーっぽい雰囲気をもったミステリ、というくらいの意味なのだろうか。ホラー好きとして一抹の不安を抱く。
 しかし、炭鉱落盤事故や魔女狩りなどアーンヒルの呪われた歴史が語られるあたりで、物語はぐっと怪奇の気配を帯びてくる。そしてクライマックス、おぞましい真相が明らかにされ、ばらばらのピースはある怪異によってつながってゆく。なるほど、これはミステリでありホラーだ。ときに『IT』、ときに『シャイニング』を思わせる語りでキングファンの心を掴む本作は、根幹のアイデアでもキングの初期作品にオマージュを捧げていたのである。

 もっとも本家キングなら数十ページを費やすであろうクライマックスを、ごくあっさりと済ませているのが印象的(ホラー勘のない方なら、一瞬何が起こったのか分からないかも)。省略と仄めかしによって生まれる静かな恐怖。これこそがキングとは異なる、チューダーの持ち味だろう。
 わが国でも綾辻行人や三津田信三、澤村伊智などによって、ミステリとホラーの融合は盛んに試みられている。本書はそんな作品が好きな人々にもお薦めしたい、イギリス発の野心作。チューダーはキングのフォロワーではあるが、けっして安易な模倣品ではない。