インタビューを音声でも!
好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」でも、篠原さんとCOOKIEHEADさんのトークをお聴きいただけます。以下の記事は、音声を要約・編集したものです。
「ニューヨークらしさを感じる本」5選
■ パティ・スミス『ジャスト・キッズ』(河出書房新社)
COOKIEHEAD パティ・スミスによる回顧録で、1960年代に20歳でNYに引っ越した頃から、その後の20年ほどについて綴られています。パートナーだった写真家のロバート・メイプルソープとの出会いをはじめ、NYを拠点とする表現者たちと交流するエピソードが彩り豊かに語られています。
個人的にも大切な本です。私が2013年にNYに移住した頃、その少し前に台湾から移住してきた友人が譲ってくれました。彼女自身もNYに来て間もない時期に読んだそうで、「パティ・スミスがNYにやってきたばかりの頃の体験が綴られているから、あなたも今読むといいよ」と勧めてくれたんです。そういう風に受け継がれるのはすごくいいなと思っていて、NYに引っ越してきたばかりの友人によく勧めています。
■ ケイセン・カレンダー『フィリックス エヴァー アフター』(オークラ出版)
COOKIEHEAD ヤングアダルト向け小説で、ブルックリンを舞台に、黒人でトランス男性のフィリックスという主人公が仲間たちとともに成長する姿が描かれています。フィリックスや仲間たちは東海岸の名門美大の進学を目指していて、美術系の高校に通っています。実は私自身、NYで美大に通っていたので、親しみが湧きました。
そういった夢を追うストーリーも胸を打ちますが、それだけでなく、本書ではブルックリンならではの多様なアイデンティティーや愛の形が描かれます。仲間たちの間でいろいろ衝突や葛藤を経験する中で、自分のアイデンティティーを肯定し、受け止めていく過程が力強く表現されています。著者本人も黒人でクィアであることもあり、登場人物たちの経験や葛藤が丁寧に描かれているのだろうと想像しながら読みました。
■ Corky Lee『Corky Lee's Asian America: Fifty Years of Photographic Justice』
COOKIEHEAD 日本では刊行されていないのですが、過去50年間ほどのアメリカ及びNYにおけるアジア系のムーブメントを記録したフォトジャーナリズムの写真集です。主にNYのマンハッタン、クイーンズ、ブルックリンにあるチャイナタウンの様子を写真で伝えています。さらにインド系、韓国系、フィリピン系などのアジア系コミュニティーで起きたことも撮影されています。ミクロでありながら力強い姿が伝わってくる、とても貴重な本です。
■ Dan Saltzstein『That's So New York: Short (and Very Short) Stories about the Greatest City on Earth』
篠原 ニューヨーク・タイムズで25年以上にわたって記者・編集者を務めてきた著者が、NYのライターたちに原稿を依頼したエッセイ集です。地下鉄、セレブリティー、動物などのさまざまなテーマごとに、短い文章が綴られています。Twitter(X)でもNYを象徴する出来事を募ったようで、そのツイートも掲載されているのも楽しいです。イラスト満載で英語も読みやすいので、街を散策する時におすすめの本です。
■ ミシェル・ザウナー『Hマートで泣きながら』(集英社クリエイティブ)
篠原 今回のポッドキャストではアジア系コミュニティーの話題が多く出たので、この本を思い出しました。ジャパニーズ・ブレックファストという名義で活動するミュージシャン、ミシェル・ザウナーのエッセイ集です。彼女は母が韓国人で父がアメリカ人で、アメリカで育ちました。Hマートというのはアメリカにある韓国系のスーパーマーケットなんですが、そこで韓国人の母が亡くなったことに想いを馳せて文章を綴ります。実は私も近所のHマートにはよく行くんですが、そんなアジア系のスーパーマーケットというのも、ある種、本屋や図書館のように、コミュニティーとして重要な拠点なのかなと思いました。
COOKIEHEAD 私たちのように自らアジアから来た移民にとっても、自分の国の料理と接するためには、アジア系のスーパーは本当にありがたい存在です。一方で彼女はアメリカ育ちで、どちらかといえばアメリカ人として育った影響が強く、韓国系のスーパーマーケットで、食べ物を通して母親の出身で自分のルーツである韓国との距離を維持していきます。そんな彼女のアイデンティティーを形成する食べ物の役割がすごく緻密に描かれています。亡くなった母親の話でもあるので、すごく苦しい作業だったと思うんですけど、それに誠実に向き合って書かれた本だと思います。
日本文学人気「とにかく新鮮なのでは」
篠原 最近、NYの書店でも日本文学の作家が注目を集めています。10年ほど前は村上春樹さんや近代文学の文豪が棚に置かれていた印象ですが、今では川上未映子さん、多和田葉子さん、村田沙耶香さんなどをはじめ、現代女性作家が人気となっています。10年以上NYに住むCOOKIEHEADさんは、今の状況をどのようにご覧になっていますか。
COOKIEHEAD そうですね。今ももちろん村上春樹さんや昔の文豪の人気はありますが、やはり女性の現代作家の本をよく目にします。本屋でも日本文学のコーナーだけではなく、注目の本の棚に何冊も平積みで置かれているような状況が当たり前になっています。読書会やブッククラブでも選ばれていますし、国際的な文学賞も受賞していますね。
どうしてこんなに今、日本の現代女性作家による作品が読まれているのか。私が想像する限りでは、とにかく新鮮なのではないかと思うんです。というのも、アメリカではどうしても日本、ひいてはアジアの女性は「大人しくて従順で、あまり声を持たない」というステレオタイプをいまだに持たれているように感じる場面を経験することがあります。こうしたイメージは、女性であることと、日本人であることやアジア人であることの両面から生じる偏見の産物です。しかしそういった女性たちは実際には声を持たないわけではないですし、むしろ非常に偏ったイメージを持たれるような社会構造の中に生きていれば、なおさら声を上げたくなるはずなんです。それが文芸の世界で、本当に多様で豊かな表現として描かれている。
そういった日本の現代女性文学の翻訳が急速に進んできた今、アメリカの読者にとって、ステレオタイプを壊す、新たなフェミニズム文学や抵抗文学として響いているんじゃないかと思います。ちょっと大げさかもしれないですが、小さな皮肉も込めて言うと、「大人しいと思っていた彼女たちは、こんなことを考えていたのか!」「彼女たちには社会がこんな風に見えていたのか!」と驚いている人たちもいるかもしれないですね。
特に英訳されて人気の作家は、いわゆるフェミニズム文学という枠組みだと、川上未映子さん、村田沙耶香さん、松田青子さん、小林エリカさん、小山田浩子さん、そして最近では柚木麻子さんがいますね。さらに各地に広がっていくディアスポラ文学の担い手として、ドイツ在住の多和田葉子さんも非常に人気を得ています。また、日本語を第一言語とする在日コリアン作家の柳美里さん、第二言語である日本語で執筆する台湾出身の李琴峰さんなども、日本に住んで日本語で創作し、その作品が英語に訳されて読まれている印象です。今後も翻訳はますます進んでいくと言われています。
同時に、アメリカで生まれ育ち、あるいは暮らしながら、英語で執筆する日系やアジア系の女性作家も、ここ数年でやっと出版の機会が増え、注目を集めるようになってきました。先ほどのミシェル・ザウナーもその一人ですね。
日本・アジアから発信され英語に翻訳される現代女性の声と、アメリカから英語で発信される日系・アジア系の現代女性の声。互いに響き合う物語もあれば、まったく異なる経験を描いたものもあり、その呼応や交差は非常に興味深いです。揺れ動くベン図を見ているような感覚を覚えます。どちらの声も、今後さらに多くの人びとに届いていくことを願っています。