真剣に生きてるけど、おかしみがある人々(武監督)
小説『ホテルローヤル』は、ラブホテルを使うワケありカップル、そして雅代やホテルにまつわる人々の物語が短編連作で紡がれる。「これは映画になる、とすぐに感じました」。そう振り返る武監督だが、実は小説を読むことはあまり得意ではないという。
「飽きちゃって読み続けられないんです(笑)。でも、実在する場所が描かれていたり、小説を書く人の生活が垣間見えて息遣いが伝わってきたりすると、リアルを感じて一気にその世界に入り込める。『ホテルローヤル』はまさにそんな小説でした」
リアルを感じた一方で、アダルトグッズを売る営業マン、通称「エッチ屋さん」など、ラブホテルで働いたことのある人にしかわからない存在や事情が描かれていることに監督はさらに引きつけられた。「彼らはみんな真剣に生きてるんだけど、ちょっと噴き出しちゃうようなおかしみがある。そして、その一つひとつの物語が実は全部つながっている。それもさりげなく。視点、描写ともうまいなぁ、いいものを読んだなぁ、と。書いた人を前にして言うのもなんですが(笑)」
脱がせたつもりが脱がされてたみたい(桜木さん)
映画化の話がきたとき、桜木さんは武監督に「遠慮なく好きに作ってください」と伝えたという。「私はこの1冊で小説としてのやるべき仕事はできたと思っていたので」。しかし、完成した映画を見て驚かされた。
「先ほど武さんが『おかしみ』とおっしゃったけれど、小説は登場人物にグッとカメラを寄せて書いているので『悲劇』なんです。ところが、監督はカメラを引いて撮っているから『喜劇』に。同じシーンを描いているのに、視点が変わることで悲劇的な物語が絶妙な喜劇になっていた。そして、ラブホテルを舞台にしながら、登場人物たちの『家族の物語』になっていた。これが映画の仕事なのだと感心しました」
そうたたえつつ、感じているのは「敗北感」と笑う。
「ラブホテルの娘として育った私しか気づかない、わからないようなことが、さりげなく描かれている。私はフィクションを書いたつもりだったのに、監督は原作者である私の内側を深く掘り下げ、ものすごくリアルにして返してきた。脱がせたつもりが脱がされていたみたいな、そんな悔しい思いでいっぱいです」
釧路の空にホテルの看板をおっ立てたい!(武監督)
撮影は、桜木さんの実家のラブホテルがあった釧路で行われた。「ロケハンで釧路の空と空気を感じたとき、『ここにホテルローヤルの看板をおっ立てたい!』と妄想しました」と武監督。長く一緒にやってきたスタッフがくしくも北海道出身者が多く、その仲間と釧路の地に乗り込んだ。
「映画の世界を目指して東京で頑張っている人たちの、故郷に戻って映画を作るときの意気込みは全然違う。キャストの皆さんも同じ。雅代の父、大吉を演じた安田顕さん、ホテルの従業員ミコの夫役の斎藤歩さんは北海道出身ですが、北海道の人が北海道の人間を演じる時の迫力を目の当たりにしました」
ちなみに、安田顕さんのキャスティングは桜木さんたっての願いだったとか。
「映画『俳優・亀岡拓次』(2016年公開)の舞台あいさつのときにお会いし、そのときに『私の原作が映像化されるときはお願いします』と言ったことを覚えていてくださって。私たち道民からしたら「オラが安田顕」(笑)。心から尊敬する俳優さんなので、思いが届いて本当にうれしかった」
予期せぬコロナ禍。エンターテインメントの世界で生きる作家と映画監督は何を感じたのか。
「撮影が中断し誰にも会えなくなったとき、これまで出あった映画や小説に改めて向き合い、その時間に救われた」と武監督。「映画も小説も、演劇やスポーツも、人が生きていく上ではなくてもいいんじゃないかと言われていたものが、実は一番大事なのだと再認識した。だからこそ、僕らは前を向いてより一層作り続けていかなければならない。その思いを強くしました」
制約がある日々だから「非日常」を(桜木さん)
桜木さんは、今回の映画を見て気づいたことがあるという。「小説も映画も、そしてラブホテルも。みんなやってることは同じ。『非日常』なんだなって」。そして、こう続ける。
「色々な制約がある年になってしまったけれど、おそらく多くの人が小説や映画といった『非日常』の世界の大切さに改めて気づいたのではないかと。これから先、大事にされていくものはこれまでとはひと味違ってくるはず。私は、それをちゃんと見ていきたい」
試練の年の公開を、武監督は「むしろよかった」と表す。「ひょっとしたら失われてしまった光景がこの映画の中に残っているかもしれない。映画ではにぎやかだったころの釧路の街を再現していますが、誰の心の中にもある『原風景』というものを、この映画を通じて提示できるんじゃないかと思っています」
桜木さんに見どころを尋ねると、「ラブホテルが舞台で、あの『全裸監督』の武監督がメガホンを取っていながら、とても品のある表現でPG12を実現しました。タイトルに騙されず、たくさんの方に楽しんでいただきたいですね」と茶目っ気たっぷりに答え、最後にこう語った。
「どんなところに生まれ育っても、どんな人生でも、一歩踏み出そうと思えばなんでもできる。監督が『積極的な逃避』と表現する結末は、前を向いて生きる勇気を届けてくれる――。積極的に逃避しながら生きてきた私だからこそ、そう感じています」