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池井戸潤「半沢直樹 アルルカンと道化師」 目に見えぬ絆が心に染みる

 今年のドラマ続編も夢中で見た「半沢直樹」。『下町ロケット』など著者の作品がもともと好きで、半沢の最新作も迷わず手に取った。

 今作はシリーズの一作目『オレたちバブル入行組』より前の話。東京中央銀行大阪西支店で融資課長を務める半沢のもとへ、大手IT企業が業績低迷中の美術系出版社を買収したいという案件が持ち込まれる。

 目先の自分の利益だけを考えて強引に買収を進めようとする大阪営業本部や上司の支店長に抵抗し、不可解な買収の理由を追及し、困っている出版社の存続を守ろうとする半沢。そのあふれる正義感と諦めない姿はとてもすがすがしい。

 物語では、ある絵画作品が鍵となる。その絵で一躍世界的に有名になった画家の知られざる苦悩や、絵に隠された秘密、個性の強い登場人物たちの思いが、買収劇に奥行きを持たせる。

 登場するアルルカンの絵は、「この絵を見ているあんたがピエロや、とでもいいたいんちゃうか」と評されるが、謎に包まれた物語は、私たち読者も含めて登場人物たちを翻弄(ほんろう)するように感じられた。

 「世の中の事象には表と裏があって、真実は往々にして裏面に宿る」。半沢が謎に直面した時の一文が印象深い。私もモデルの仕事をする中で、思いがけぬ現場でのアクシデントや事情など表立って目には見えない裏面が、完成した写真や映像作品の評価を押し上げたという場面に何度か遭遇したことがある。

 目に見えない、といえば、支店長がむげにし、半沢が大切にした顧客の経営者たちへの思いや丁寧な気配りが半沢自身を助けたこともうれしかった。お金のやりとりなどの現実的な描写が多い中、恩や絆、人情や義理など、目に見えないもののあたたかさが一層心に染みる。

 人との助け合いで仕事が成り立つことをあらためて学んだ。

 演者の方々の鬼気迫る表情の演技も想像すると楽しく、強く背中を押される一冊だった。=朝日新聞2020年11月28日掲載

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 講談社・1760円=9月刊。3刷35万部。「半沢直樹」シリーズ6年ぶりの最新作。電子版も2万部出ている。